東京から横浜までよく通勤できたね。
え?
わざわざ横浜の会社に就職しなくても、同じような会社が東京にもなかったの?
お母さんの知り合いだったからね。
なるほどね、でも遠いのによく頑張って通ったね。
車があったからじゃない。
お母さんがお母さんの車を使って良いって言ってくれたの。
そうか。
ゆみは、その前からお母さんの車に乗ってずっと美大も通っていたし。
ふーん。
医大は近かったし電車で通えていたけど、美大は遠かったから。
多摩美でしょう、上野毛じゃないの?
皆、そう勘違いするのよね。
え?
上野毛の多摩美は大学院なの、大学は八王子の奥、相模原の方にあるのよ。
あ、そうなんだ!
18になってすぐに車の免許を取って、お母さんの車で通うようになったの。
ああ、そうなのね。
っていうか、そうか!医大時代っていうのは年齢的には高校生の年齢か。
ゆみの仲の良かった医大の同級生、弟がゆみと同い年だってさ。
なんかすごいよね、ゆみちゃんの同級生たちって女子高生の年齢の子と一緒に大学の授業を受けていたんだね。
弘子ちゃんって言うんだけど、弟と同い年の子と大学で毎日授業を受けていたことになるのよね。
うん、JKと同じ大学で毎日授業受けていた感じだものね。
うん。
っていうか、祥恵は慶応だよね。
そうだよ。
どうして違う大学のことなのによく知っているの?
弘子ちゃんって、うちのお父さんのヨットのクルーだったから。
あ、お父さんのヨットとも繋がっていたんだ。
っていうか、ゆみが国立大入って翌年には私が慶応で娘の大学受験が終わったじゃない。
うん。
それで、お父さんも娘の受験から解放されて緊張も解けて…
そうだね。
その前まで横浜で20年以上乗り続けてきた古いヨットを新しく買い替えたんだけど。
そうなんだ。
ドイツ製の32フィートでドイツから日本へ届いたとき、横浜で進水式をしたんだ。
うん。
ゆみが学校の友達って言って、弘子のことを進水式に連れてきたのよ。
ああ。
ゆみと同じ大学のヨット部だったんだけど。
部活動も一緒にやるぐらい仲良しだったんだ。
うん。大学ヨット部の470ってディンギーよりもクルーザーに乗りたいって、そのまま翌週から大学ヨット部を辞めてお父さんのヨットへクルーとして乗るようになったの。
それで祥恵とも仲良くなって、ゆみちゃんの大学のことも弘子を通して知るようになった。
うん、そういうこと。
それから医大から美大へ移って、18歳でお母さんの小ベンツを運転するようになったと。
その後ずっとお母さんの車に乗り続けていれば運転も上手くなって、横浜までの自動車通勤だって何てことなくなるよね。
確かにそうだね。
