中古車輸出・第106話
「そうですよ、80万でしたね」
経理担当は、社長に伝えた。
「うん、なかなか調子づいてきたな」
「そうですね、海外バイヤーとのやり取りも慣れてきたというか、かなりスムーズにしているみたいですしね」
経理担当は、ゆみの商談時の様子を社長に伝えていた。
「しかし、他の営業担当は全員目標達成できずなのか」
社長は、本来の営業担当者たちに聞いた。
「私、あと5万だけ足りずだったんだけど」
シャランが言った。
今井ゆみ原案・原作の小説。
「そうですよ、80万でしたね」
経理担当は、社長に伝えた。
「うん、なかなか調子づいてきたな」
「そうですね、海外バイヤーとのやり取りも慣れてきたというか、かなりスムーズにしているみたいですしね」
経理担当は、ゆみの商談時の様子を社長に伝えていた。
「しかし、他の営業担当は全員目標達成できずなのか」
社長は、本来の営業担当者たちに聞いた。
「私、あと5万だけ足りずだったんだけど」
シャランが言った。
「さあ、そろそろ今月の売上げ会議を始めるぞ」
午後、社長が皆を会議用のテーブルに集めた。
「まずは部長から行くか」
部長の報告を筆頭に、皆が順番に自分の売上げを報告した。
「で、ゆみは?」
「140万ですね」
経理担当が、ゆみの代わりにゆみの売上げ分を報告した。
「おっ、随分といったな」
社長は、経理担当の売上げ報告に微笑んでいた。
「確か、彼女の先月の目標って80万ではなかったか」
「社長さん、明日は別に渋谷までお迎えに行かなくたって、隆さんが空いている弟の部屋のベッドで泊まっていけば良いだけじゃないの」
麻美子の母親が、2人の会話に割って入って言った。
「確かにそうでした」
隆は答えた。
「そういえば、車屋さんに奥さんって呼ばれてなかった?」
「うん。隆と出かけると、いつも言われることだから一々訂正しなかった」
麻美子は、隆に言った。
「隆って、前にも会社での運転手が欲しいって言っていたものね。うちから渋谷まで東横線で帰るって話よりも、私に運転手になってくれっていう方が話のメインでしょう」
隆の考えていることをズバリと当ててしまっていた麻美子だった。
「それじゃ、早速、明日の日曜日は、隆社長を横浜のマリーナまでお送りするために、買い換えたばかりの自動車でお迎えに行きましょうか」
「頼む」
「お母さんも、お父さんも、もう車の運転しないし、ここに置いておくのは別に良いと思うんだけど、ここから自分の家の渋谷に帰るとき、隆はどうするのよ」
「俺は、ここからなら中目黒駅から東横線で帰れるし。麻美子に家まで送ってもらっても良いし」
隆は、麻美子に提案した。
「麻美子って、うちの会社で俺の秘書をしてくれているじゃない。なんなら、ここから会社に行く時も、この車で渋谷に立ち寄って、秘書だけじゃなく、俺の運転手もしてくれないかな」
麻美子は、隆の話を聞いて、思わず吹き出してしまっていた。
「運転しやすい?」
「うん。オートマだし、ぜんぜん楽に運転できたよ」
麻美子は、隆に聞かれて返事した。
「あのさ、渋谷の俺のうちのマンションの駐車場ってけっこう駐車料金高いじゃない」
「そうね」
「この車って、今までの車より屋根高めだし、立体駐車場に入るかどうかもわからないし、麻美子の家のここのガレージに置いておいたらダメかな」
「これで座席数もサイズ的にも良いんじゃない」
「麻美子が良いなら、俺はなんでもいいよ」
結局、今の隆の車を、その古いエスティマに買い換えることになった。隆の乗っていた車は、まだ購入したばかりの新しい車だったので、その車を売却すると、古いエスティマが余裕で買えてしまった上に、お釣りまでもらえてしまっていた。
買い換えたばかりのエスティマは、中古車屋から麻美子の家まで麻美子が運転して帰ってきた。
「俺、あんまり自動車の運転って上手じゃないからな」
「この大きさなら、いま乗っている隆の車とそんな大きさ変わらないよ」
麻美子は、ハンドルを握ってクルクル回しながら、窓の外の周りを眺めながら、隆に言った。
「奥様、試乗されてみますか?」
中古車屋の営業マンが、麻美子にエスティマの鍵を手渡してくれた。麻美子は、営業マンから鍵を受け取ると、助手席に隆を乗せたまま、店の周りの道を一周してきた。
「これ、どうかな!?」
麻美子は、ハイエースの車内のベンチシートに寝転がっていた隆のことを大声で読んだ。
「これに乗るの?運転するのに、サイズが大きすぎないかな」
隆は、一瞬だけ運転席に腰掛けてみてから、その車のデカい運転席に、運転するのを諦めたように運転席から降りながら、麻美子に言った。
「え、そんなにサイズ大きくないよ」
隆に代わって、麻美子が運転席に腰掛けた。
「ゆみちゃん、これドイツからの入金なの?」
経理担当に聞かれて、ゆみは頷いた。
「ずいぶん金額が高いけど、なんの車なの」
「2台分」
「ああ、2台分なのね」
経理担当は、金額に納得した様子だった。
「1台がベンツで、もう1つはまたポルシェ」
ゆみは、経理担当に説明した。
「あと来月になったら、もう少し注文するって」
「ああ、ドイツで中古車屋やってる。それで次の車もオーダーしたい」
ドイツの海外バイヤーは、ゆみに言った。
「次?」
「ああ、まだまだいっぱい注文するぞ」
そして、ドイツの海外バイヤーとの商談が続いた。
「そうね、ベンツの方は140万、ポルシェは180万でどうかしら」
「オーケイ。ファインファイン」
ゆみがプロフォーマインボイスを作成した。
「ユミー、久しぶりだね」
「あら、お久しぶり」
「送ってくれたポルシェ届いたよ、最高だったよ!」
それは、ゆみが車の初受注できたドイツの海外バイヤーさんだった。
「そうなの?それは良かったわ」
「エンジンも殆ど調子悪いとこも無く、すぐに店頭に並べられたよ」
「そうなのね、車屋さんだったのね」
ゆみは、ドイツの海外バイヤーに答えた。
「もっと安くならないのか」
ウガンダ人海外バイヤーは、見積もりを見て聞いた。
「だって、ウガンダの車屋さんでは300万はするのでしょう?」
「まあ、そうね」
「それを私は、160万で見積もってあげてるのよ」
ゆみは、送ったプロフォーマインボイスを再度提示した。
「160万には、日本からケニアまでの船賃も込み込みよ」
「そうか、それだったら安い方なのか」
そして、数日後には横浜の貿易会社に入金があった。
「ユミ、この写真を見てよ」
ウガンダ人海外バイヤーは、ゆみにウガンダの首都であるカンパラの街の写真を送って来た。土を踏み固めただけの広場にたくさんのハイエース、コミューターが停車していた。
「皆、ケニアのモンバサ港から乗って来たお客さんたちだ」
ケニアの港や空港からウガンダに遊びに来る観光客たちを乗せている乗合タクシーなのだそうだ。
「そんな運転手さんをやりたいのね」
「そう、そうなんだ」
ゆみは、ウガンダ人海外バイヤーにハイエースを見積もった。
「どうせ、またハイエースといってもコミューターの方よね」
ゆみは、アフリカでハイエースなので察していた。
「屋根も高いやつじゃないとだめなんでしょう」
ゆみは、中古車オークション会場のサイトにログインすると、ハイエースしかもコミューター、さらには天井が高くなっているハイエース、天井辺りには小窓も付いているのを探した。
「こんな感じのが欲しいのでしょう?」
ゆみが、海外バイヤー宛に送ると、
「そう、それそれ!」
案の定、ウガンダ人海外バイヤーから早速返事が来た。
「俺は、なんでもいいよ。ヨット以外の乗り物には興味ないから」
隆は、本当に車には興味がないらしく、麻美子と一緒に展示場内の車を物色するのに疲れてきて、ハイエースの車内に設置されていたベンチ型シートに横になって寝転がっていた。
「ね、この車かわいくない!」
麻美子が見つけた車は、古いエスティマだった。たまご型の丸っこい形をした車で、車内には、前、後ろ、中央と3列シートで、ラッコのメンバー全員が乗っても窮屈そうではなかった。麻美子は、そのおとぎ話に出て来るみたいな丸いかぼちゃの車に、香代ちゃんと瑠璃ちゃんが乗っているところを想像して、思わず笑顔になった。
麻美子は、駐車場に置いてある隆の車の運転席に座りながら、隆と話していた。麻美子が運転席に座っているので、隆は助手席に座った。
「どんな車に買い換えるの?」
隆は、運転している麻美子に質問した。
「ラッコの皆が乗れるぐらい広い車にしましょう。6シーターの車ってよくあるじゃない」
麻美子の家の近所にある中目黒の中古車屋に着くと、展示場に置いてある車を物色していた。
「隆は、どんな車が好きなの?」
「そろそろ出かけようか」
土曜日、会社が休みの隆は、いつものように麻美子の母親に誘われて、中目黒の麻美子の家でお昼ごはんを食べた後、リビングでのんびり寛いでいた。
「本当に買い換えるのか」
「だって、あの車じゃ、皆が乗れないでしょう」
麻美子は、隆から車の鍵を取ると立ち上がった。
「なんかお腹がいっぱいで歩くのつらいよ」
「それは、隆が来るからって張り切って料理を作りすぎるお母さんに文句言ってよね」
「今度、もう少し皆で乗れるような車に買い換えようね」
「え、俺はけっこう、この車のこと気に入っているんだけどな」
「これじゃ、皆で乗れないでしょう」
麻美子は、隆に言った。
「隆さんの車どれにするかって、麻美ちゃんが決めるんだ」
「そうね、隆ってけっこう買い物下手なところがあるからね」
隆は、パーティーが終わった後、車の助手席に座りながら皆に言った。麻美子は、運転席に座って、鍵を回して車を運転していた。
「この車って、皆で乗るには、ちょっと狭いよね」
隆の車は、スポーツタイプのクーペ車だ。2シーターではなく、いちおう後部座席はあるが、後部には3人までしか乗れなかった。体が小さく、小柄の香代は助手席の真ん中、隆の横に腰掛けていた。
普段、隆が運転しているときは、助手席の麻美子の膝の上にちょっこんと腰掛けていたのだったが、さすがに隆の膝の上に腰掛けるわけにもいかず、助手席の内側に腰掛けていた。
麻美子は、隆がいつも車の鍵を入れている方のポケットに手を突っ込むと、車の鍵を受け取っていた。
「え、そうなの。それじゃ、運転はお願いしちゃおうかな」
隆は、缶ビールを開けると、陽子の持っている缶ビールに乾杯してから飲み始めていた。隆は、さっきまで麻美子と雪、瑠璃子がしていた会話の内容については何も気づいていなかった。
「今日はレースお疲れ様。来週は普通にクルージングしような」
麻美子たちがおしゃべりをしているところに、当の隆と陽子が戻ってきた。
「やっと、セイルを片付け終わった。2人だけだったから畳むの大変だったよ」
「そう、お疲れ様」
麻美子は、ドラム缶から冷えた缶ビールを出してくると、隆に手渡した。陽子は、既に自分の分の缶ビールをしっかり手にしていた。
「え、俺は、帰りに車の運転があるから」
「大丈夫、大丈夫」
麻美子は、2人に話していた。
「そうだよね。それじゃ、もし隆さんと陽子ちゃんが結婚するってなったらどうする」
「別に良いんじゃないの。2人がお互いに結婚したいって決めたんだったら」
麻美子は、雪に返答した。
「私も喜んで、2人の結婚式に参加させてもらうわよ。そしたら、私は陽子ちゃんから良い人が見つかるようにブーケ投げてもらおうかな」
麻美子は、雪に言われて、思わず聞き返していた。
「え、別に私たちって付き合っているわけじゃないし、ただの大学の同級生だからね」
「はいはい」
雪と瑠璃子は、麻美子の方を見ながらニヤニヤと苦笑していた。
「え、本当だよ。私たちって別に付き合っているわけじゃないからね。ただ、家が渋谷と中目黒で近いってだけで、うちのお母さんがさ、隆のこと気に入ってて、いつもうちへ食事に呼んでしまうのよね」
瑠璃子は、楽しそうに談笑している2人の姿を見ながら、呟いていた。
「本当だね。もしかして、あの2人ってお付き合いし始めたりして」
雪は、わざと麻美子に聞こえるように大きな声で、瑠璃子に返事していた。
「確かに。隆って、もしかして陽子ちゃんと話の波長が合うのかもね」
「心配だね」
「何が?」
「ほらほら、あそこに来ているじゃん」
ラッコの船体から下りてきて、こちらのパーティー会場にやって来る2人の姿を見つけて、雪が叫んだ。2人は、ラッコから下りてくると、パーティー会場に向かってくる途中、会場の隅に置かれていた飲み物のドラム缶から缶ビールを取って、バーベキューで焼きそばをもらって食べながら、楽しそうに談笑していた。
「なんかさ。陽子ちゃんって、ヨットの上で、いつも隆さんと仲良くしてない」
「香代ちゃんは飲まないの?」
「私、お酒って一度も飲んだことない」
まだ21歳の加代は、瑠璃子に聞かれて答えた。
「お酒なんて飲まない方がいいよ」
麻美子は、香代の頭をポンポン撫でながら、言った。21歳の香代のことを、麻美子は、まるで自分のかわいい妹のように思えていた。
「そういえば、隆さんと陽子ちゃんってどうしたんだろう?まだセイルを片付けているのかな?」
瑠璃子が呟いた。
麻美子は、既に2本目の缶ビールを飲んでいる瑠璃子に声をかけた。
「麻美ちゃんは、お酒はぜんぜん飲まないんですか?」
少し頬を赤くしている瑠璃子が、オレンジジュースを飲んでいる麻美子に聞いた。麻美子の横に腰掛けていた雪も、1本目の缶ビールを手にして、飲んでいた。
アルコールを飲んでいないのは、麻美子と香代の2人だけだった。
「私も少しは飲めるけど、今日は帰りに車の運転があるからね」
麻美子は、たぶん隆がパーティーで飲むだろうと思ったから、自分はアルコールを控えていたのだった。
「うん、美味しいね。この焼きそば」
雪は、バーベキューで焼かれていた焼きそばを食べながら、隣の麻美子に話しかけていた。
隆と陽子が、乗り終わった後のセイルとか片付けておくからと言うので、他の皆は、先にパーティー会場に来て、バーベキューの準備を手伝っていたのだった。
準備を終えた後、会場で焼かれた焼きそばと飲み物を先に頂いていた。
「瑠璃子ちゃんって、けっこう飲めるんだね」
隆は、陽子と一緒にラッコのデッキ上でセイルを片付けていたが、ようやくセイルも片付け終わったので、陽子のことを誘って、ラッコから降りると、パーティー会場に移動した。
「隆さん、ビールがあるよ」
陽子は、ドラム缶の中で冷えている缶ビールを手に取った。
「残念だけど、俺は、帰りに車の運転があるから」
「そうだよね、帰りは東京まで運転だよね」
「陽子、飲めるんでしょう。飲んでいきなよ」
隆は、烏龍茶を手にしていた。陽子は、隆に言われて、自分1人だけ缶ビールを頂いていた。
「あら、また今回の入金も、ゆみちゃんなの」
経理担当は、銀行口座の入金額を確認して驚いていた。
「ここのところ、ゆみちゃん担当からの入金が多くない」
「今月は80万目標達成しなければならないものな」
営業部長は、ゆみの売上げに満足そうに頷いた。
「ほかの皆も、彼女を見習って頑張らないとな」
部長は、本来の営業担当者たちにハッパをかけていた。
「え、ハイエースが欲しいのね」
そんなゆみは、もう別のウガンダ人海外バイヤーと次の商談を進めていた。
「見た目は、そのぐらいでも良いんだけど」
ミャンマーの海外バイヤーは、ゆみに返事した。
「だって、俺はペンキ塗りはいろいろ得意だからね」
「そうなのね、だけどこのぐらいのは見た目だけでなくエンジンとか色々」
「そうか、それはそうだよね」
海外バイヤーも、ゆみの意見に同調した。
そして、その数日後にミャンマーより横浜の貿易会社宛に165万の送金があった。
「でも、もう少しだけ安くならないか」
「そうね。それじゃ165万でどうかな」
1日考える時間を作ってから、海外バイヤー宛にメールで返信した。
「やっぱり、そのぐらいは掛かってしまうんだね」
「うん、本当は、こんな魚を運ぶトラックもあるんだけど」
ゆみは、古くてあっちこっちかなり傷んでいる活魚トラックの写真を送った。
「でも、これはお勧めしない。だって、絶対に壊れるもの」
ヨットレースに参加した男性クルーたちは、マリーナ敷地の中央にドラム缶を転がして持ってきて、その中に薪をくべて火を起こす。女性クルーたちは、クラブハウスから紙皿や紙コップ、飲み物に食べるものを準備して、薪の上に鉄板を配置して、その上で焼きそばを焼くのが定番となっていた。
薪をくべたドラム缶以外の空きドラム缶には氷水が入れられて、缶ジュースや缶ビールなどが冷やされていた。パーティー参加者たちは、そこから冷たい飲み物を取って味わっていた。
「もうパーティー始まっているな。俺たちも飲みに行こう」
隆が保管している横浜のマリーナでは、春から秋にかけて艇を保管している会員同士の交流を兼ねて、毎月、月一でマリーナに保管しているヨット同士でのクラブレースを開催していた。
毎年、春からシリーズレースとして第1戦から第6戦まで開催されて、年末に開催される横浜のマリーナのクリスマスパーティーで総合優勝艇として表彰していた。
クラブレースの開催された日には、春の第1戦と夏のレース、秋の最終戦だけは、レースが終わった後に、マリーナ敷地内でバーベキューを準備して、ヨットレース参加者たちが集まりパーティーを開いていた。
「魚が描かれたトラックを友達に送っておいたよ」
ミャンマーの海外バイヤーからメールが届いた日の午後、友達からもメールが来た。
「これって、いくらぐらいで買えるんだ」
「そうね、170万かな」
「少し高くないか」
お友達は、ゆみに言った。
「だって、日本にだってそんなに多くある車じゃないからね」
「お魚さんを運ぶ車」
ゆみは、中古車オークション会場のサイトにログインして、少し調べてみる。
「あ、そんなに数は無いけど、確かに何台かあるわ」
ゆみは、タンク車を送ってあげたミャンマーの海外バイヤーにメールを書いていた。彼の友達が、日本から届いたタンク車を見て、日本に魚を運ぶ車もあるならば買いたいと言われたのだそうだ。
魚を運ぶ車とは、活魚を出す料理屋さんの前に、たまに停まっていたりする荷台部分に大きな水槽が付いていて、中で魚が泳いでいるトラックのことだ。
「ミャンマーの人がタンク車届いたって」
ゆみは、ミャンマーからの返信を読んでシャランに伝えた。
「そうなんだ、良かったわね」
ミャンマーの海外バイヤーは、ゆみから届いたタンク車を大変気に入ってくれたそうで、自宅の家の前の道に停まっている大きなタンク車の写真を送ってくれた。
「道に停めているのね」
「駐車場じゃなくても良いのね、畑だらけの真ん中だし」
ゆみは、送られてきた写真を見ながらシャランと話していた。
「お昼にサンドウィッチしか食べていないから、少しお腹空いてきた」
「後で、クラブレース後のパーティーがあるから、そこで何か食べよう」
隆と陽子は、ラッコのセイルを片付けながら話していた。他のメンバーたちは、サンドウィッチを食べ終わった食器類を持って、マリーナのキッチンに行って、そこで洗い物をしていた。
「レースって、もっと大変なのかと思ったけど、楽しかったね」
「ウララじゃなくラッコに乗ってたから楽だったのかもね」
「あと、陽子ちゃんが全部やってくれちゃってたから」
「陽子ちゃんは優秀よね」
麻美子も頷いた。
マリーナに戻ると、横浜のマリーナスタッフが上下架用の真っ白なクレーンで待っていてくれて、クラブレースを終えてマリーナに戻ってきたヨットたちを順番にクレーンで陸上に上げていた。
ラッコの順番がきて、ラッコの船体も横浜のマリーナスタッフたちの手により操作されてクレーンで陸上へ上げられた。
ラッコの船体は、自分たちの船台上にちょっこんと載せられた。
横浜のマリーナでは、ラッコのようにクレーンで陸上に上げられて、船台に載ってマリーナの敷地内で保管されているヨットやボートと、アクエリアスのように、すぐ近くの海面上に設置されているブイに船を舫って、海上で保管されているヨットやボートがあった。
「でも、あのままアクエリアスのことを見捨てずに、ちゃんと助けてあげられたのだから良かったじゃないの。アクエリアスは、隆がラッコに乗る前までずっとお世話になっていたヨットでしょう」
麻美子は、クラブレースで最後までゴールできなかったことよりも、失格してしまっても、アクエリアスのことを手助けできたことの方が満足そうだった。
「さあ、マリーナに戻ろうか」
ラッコは、横浜の自分たちが停めているマリーナへと戻っていった。
「いっぱい貯まってしまっている」
「そうなのよ、ゆみちゃん持って帰ってよ」
経理担当は、マニュアル類の処分に困っていた。
「あ、これってうちの車」
ゆみが、書棚の中に自分の車のマニュアルを見つけた。
「じゃ、持って帰ったら」
「でも、同じマニュアルが車の中に入っているのよね」
ゆみは呟いた。
「そうよね、もう入っているわね」
「要らなければ、ここに置いておきなさい」
経理担当は、自分のデスクの後ろ側にある書棚を指差した。そこには、他にも多くの車のマニュアル類が整然と並んでいた。
「ここに置いておけばいいの」
ゆみは、自分のデスクの上にあったバスのマニュアルも棚に並べた。車を輸出するときは、車検証の書類を行政書士に依頼して、運輸局で輸出抹消証に変更してもらう。車検証は輸出抹消証に変わるが、マニュアル類はそのまま残るため、行政書士は手続きが終わった後で依頼主に返却するのだった。
「なあに、これ?」
ゆみがトイレからデスクに戻ると、机の上にバスのマニュアルが置かれていた。
「それ、ゆみちゃんのよ」
ゆみは、経理担当に言われた。
「私の?」
「なんかの時に使ったら」
「うちの車って、元お母さんの赤い小さなベンツなんだけど」
ゆみは、バスのマニュアルに困惑していた。
「どうだったの、ちゃんとバスの写真は撮れたの?」
ゆみが会社に戻ると、皆が心配してくれた。
「大丈夫、ちゃんとバスの写真いっぱい撮れたわ」
ゆみは、シャランたちに答えた。
「道は迷わなかった?」
「カーナビがまた迷ったわ」
「カーナビじゃなくて、ゆみちゃんが迷ったんでしょう」
シャランは、ゆみに言った。
「私は、バスの屋根ですぐわかったの」
「あの、私の落札したバスの写真を撮りに来たのですけど」
ゆみは、車を入り口の駐車場に停めて、守衛さんに聞いた。
「ああ、どうぞ」
ゆみは、バスの側まで行くと、前後左右と何枚も写真を撮ってから、車内に入った。運転手さんの席や乗客の席、後方に付いていたトイレの中、収納棚などありとあらゆる場所を撮った。
「あなたが落札したの?」
「はい。アフリカのマラウィって国の人が購入したんです」
「へえ、あなたがアフリカまで届けてあげるんだ」
守衛のおじさんは、ゆみのことを頻りに褒めて、感心してくれた。
「あ、あった!」
ゆみは、自分が落札したバスの青い屋根を見つけて興奮していた。
昨日、新潟から横浜の埠頭に陸送されてきたばかりのバスだった。今朝、カーナビに埠頭にある保税地域の住所を入力してきたのだが、案の定、道に迷ってしまったゆみだった。
「カーナビさん、ここどこなの?」
カーナビさんもわからない、最終的に保税地域の塀の上から出ていたバスの屋根で見つけたのだった。
「そうよ、自分の車を持ってるのゆみちゃんだけなんだし」
シャランも社長に同意した。
「大黒ふ頭のところだから、東京からくる途中ぐらいの場所よ」
経理担当が、ゆみにバスが届く場所を説明してくれた。
「カーナビ付いているんでしょう?」
「カーナビあるけど、私ってすぐ迷うの」
ゆみは、シャランに言った。
社長も車を持っていないし、会社で車を持っているのは、東京から通っているゆみ1人だけだった。
「撮ってきたい車はどこにあるんだ?」
社長が、ゆみに聞いた。
「いま新潟から横浜港へ陸送しているところ」
ゆみの代わりに、経理担当が社長に答えた。
「そしたら、横浜港に着いたら、おまえが行って写真を撮ってくればいい」
「私が行くの?」
「そうだよ。おまえは車で通勤してるんだろう。通勤前に寄ってくればいい」
社長は、ゆみに言った。
「そんなの無理」
ゆみは、シャランに断られてしまった。
「でも、せっかく買ったばかりのバスだしきっと早く見たいのよ」
「そう言われても、無理なものは無理だから」
ゆみは、シャランに言われてしまった。
「なんて言って断ろう」
ゆみは、アフリカの海外バイヤーの気持ちを考えて困惑してしまった。
「彼にとっては大金投じて買ったバスだろうし」
「ゆみちゃん、横浜まで陸送してちょうだい」
ゆみは、経理担当に指示されて、新潟で落札した中古バスを横浜港まで陸送するように手配した。小さな自家用車だとカーキャリアーに積んで陸送されるのだったが、大型のバスなどではカーキャリアーには乗っからないので、自走して運ばれてくることとなった。
「運転手さんに、バスの写真を撮ってもらえるように頼めるかな?」
ゆみは、シャランに質問した。アフリカの海外バイヤーが自分のバスの写真を撮ってメールで送ってほしいと言うのだ。
「小さいオークション会場の方が安く落札できたりするのよね」
ゆみは、経理担当の伊馬さんが以前話していたことを思い出した。
「小さいオークション会場か」
ゆみは、中古車オークション会場のサイトで地域別に検索してみると、大阪にHAA神戸という会場を見つけた。
「ここの会場なんか、掘り出し物がわりと見つかりそうな感じの会場ね」
ゆみは、HAA神戸の車をいろいろ確認して回ったが、結局そこでは入札せずに新潟の小さなオークション会場にあった古い中古バスを落札したのだった。
「ゆみちゃん、90万の入金待っているんじゃないの?」
ゆみは、朝出社すると、経理担当に声をかけられた。
「あ、アフリカのバスの運転手さん」
ゆみは、経理担当に返事した。
ゆみは、中古車オークション会場のサイトとにらめっこしていた。今回、なかなか低めの金額で見積もってしまったため、利益をわずかでも取ろうと思うと、なかなか入札できるバスが見つからないでいた。
「なんか難しいな。もしバス見つからなかったらどうしよう」
ゆみは、せっかく入金してもらったけど返金するしかないのかなと考えていた。
「ゆみ、このバスは、いいじゃんいいじゃん」
ゆみが中古車オークション会場で探し出したバスの写真を送ってやると、マラウィの海外バイヤーからすぐに返事が返ってきた。
「このバスを、プロフォーマインボイスの値段で買えるのか?」
「うん、なんとか大丈夫よ」
ゆみは、海外バイヤーに返事した。
ゆみが送ってあげたバスは、日野の28人乗りで、折りたたみの補助席も付いたバスだった。
「うーん、このバスならどうかな」
ゆみは、中古車オークション会場のサイトで、古いバスとにらめっこしていた。
「もう少し安いのないかな?」
ゆみは、自分が見積もった金額で、会社が赤字になってしまうのは嫌だった。計算間違いしてあると思っていた利益が無くなってしまうのは、もっと嫌だった。
だから、いつも少し見積額高いかなと思っても、多めに金額を上乗せしてプロフォーマインボイスを書いていた。でも、今回の海外バイヤーはシビアに見積もるしかなさそうだった。
「そうか、バスの運転手さんになりたいのね」
ゆみは、海外バイヤーとメールのやり取りをしていた。相手は、マラウィに住むアフリカ人で、マラウィの村からザンビアの町へ通勤する人たちが大勢いるのだが、彼らを町まで運ぶバスの数が少ないのだそうだ。それで、バスの運転手になりたいらしかった。
「ハイエースに18人乗れるバスがあるのよ」
「それでは、村の皆全員を乗せられない」
彼は、ゆみに相談していた。
「少し古いバスになっても良いかな?」
「古くても良い、この予算で買えるのないだろうか」
「なるほど、この本は読みやすいですね」
イアンは、社長に言われて、社長が著者の会社で発売している中古車輸出業の教本を読んでいた。中古車輸出に興味のある方へ販売している教本だったが、会社に新人が入社した時の新人教育用の教本としても使っていた。
「どうだ、できそうか?」
「はい、この教本読みながらやれば、簡単にできそうです」
社長は、自分が書いた教本がわかりやすいと言われて、嬉しそうだった。
ゆみが働いている横浜の貿易会社は、人の出入りが激しい会社で、ウガンダの人が入社し退社したり、オーストラリアの人が入社し退社したりと、人の入れ替わりが多い会社だった。
「私、いまグルジアの人と話してるから、その海外バイヤーあげる」
「いや、それは、ゆみの海外バイヤーなんだから、ゆみがやれ」
イアンにロシア系の海外バイヤーを分けてあげようとしたら、社長と部長に断られた。
「ゆみちゃん、グルジアのバイヤーサボろうとしたね」
「だって、私は営業じゃないし」
「だめよ、バレバレなんだからサボりは」
シャランに言われてしまったゆみだった。
「今日から一緒に働くイアン君だ」
「よろしくお願いします」
白人の男性は、流暢な日本語で会社の皆に挨拶した。ロシア系のカザフスタンから来た青年だった。
「ゆみちゃん、良かったね」
「え、そんなわけじゃないよ」
ゆみは、シャランに苦笑した。カザフスタンやウズベキスタンとかスタンが最後につく国名は、ロシア、旧ソビエト連邦から独立した国々に多い名前だ。
「はーい」
会社出入り口に一番近くの席のゆみが、来客者の対応していた。
「面接に来ました」
「ありがとうございます、どうぞこちらへ」
ゆみは、背の高い白人を社長室へと案内した。
「ね、すごいかっこ良い人だと思わない」
「そうかな、私のタイプじゃないかな」
みなと横浜の、車の海外輸出をしている貿易会社だけあって、海外の人たちの応募が多かった。