ヨット教室物語・第94話

お昼の時間、ラッコは、いつも貯木場に置かれている元横浜博覧会のイルカのプールに横付けしていた。ラッコがイルカのプールに横付けし終わると、キャビンの中では、パイロットハウスの一段下にあるキッチン、ギャレーに女性クルーたちが皆集まり、お昼ごはんを作り始めたのだった。
ちなみにラッコとは、隆が所有しているセーリングクルーザーの船名だ。
ラッコがイルカのプールに横付けしてから、しばらくすると同じ横浜のマリーナにヨットを保管している仲間のヨットたちも、次々とやって来てイルカのプールに横付けしていた。

ヨット教室物語・第93話

今日のお昼ごはんは豪華だった。
「ただのパスタじゃないんだ、ラザニアまで付いているの」
隆は、ラッコのメインサロンのテーブルに並べられた料理を見て驚いていた。
「今日のお昼は、私が作ったんじゃないよ」
「麻美子の作った料理じゃないってことは、一目で見てわかった」
隆は、麻美子に言った。

ヨット教室物語・第92話

クルージングヨット教室の一環で、ヨットに乗りに来ているというのに、ヨットの操船方法の説明の時も、このぐらいは盛り上がってくれよと隆は思っていた。
「でも、隆さんとお付き合いはしているのですよね?」
「私たちって、お付き合いなんかしていたことあったっけ?」
麻美子は、隆に聞いてみた。隆は、首を大きく横に振った。
「麻美子とは別に付き合ってなんかいないよ」
「ほら、なんか大学生の頃から相性が良かったんで、いつも一緒にいただけなのよ」
麻美子は、皆に答えていた。皆は、ふーんって感じで頷いていた。

ヨット教室物語・第91話

「それで、あまり夜が遅くなると、麻美子の弟の部屋に泊めさせてもらってるの」
「ひとつ屋根の下って、それってもう夫婦みたいなものじゃないですか」
皆は、隆と麻美子の話で大いに盛り上がっていた。さっきまで隆がヨットの操船方法について説明していたときは、こんなには盛り上がることなど全く無かったのに、盛り上がり方が雲泥の差だった。
「やっぱ、もう2人は夫婦っすね」
「確かに!ぜったいそうだね」

ヨット教室物語・第90話

「隆さんって、いつも会社の仕事が終わると、麻美子さんの家で夕食を食べているんですか」
「麻美子のお母さんがすごく料理上手の人でさ、田舎から都会に出てきて一人暮らししている俺の栄養とか食べるもののことを心配してくれて、作ってくれてしまうんだよ」
隆は、陽子に答えていた。
「うちのお父さんが輸出入の貿易商で日本とサンフランシスコに拠点があって、今は弟がサンフランシスコの事務所に赴任しているから、弟のいた部屋が余っているのよ」
麻美子がつけ加えた。

ヨット教室物語・第89話

「ええ、麻美子さんって、ぜったい隆さんの奥さんだと思っていた!」
「口げんかの仕方とか、話し方とか完全に夫婦の会話だったものね」
ラッコの女性たちは、コクピットで口々に話し始めた。
皆、さっきまでのヨットの操船方法の話をしているときとは明らかに違うテンションで、楽しそうに隆と麻美子の話で盛り上がっていた。
「麻美子さんって中目黒に住んでいるんですか?」
「隆さんと麻美子さんって同じ会社なんですよね」

ヨット教室物語・第88話

「夫婦?」
「奥さんじゃないんですか?」
陽子は、ラットを握っている隆の横の空いている場所に腰掛けながら、隆に言った。
「え、勘弁してよ。麻美子は、別に奥さんじゃないよ。ただの大学時代の同級生」
隆は、陽子に答えた。
「え、結婚していないんですか?」
「していないわよ。夫婦でもなんでもないもの」
今度は、雪が麻美子に聞いて、麻美子が雪に答えていた。

ヨット教室物語・第87話

コクピットに戻ってきた麻美子に、隆は言った。
「ロープがだめで、ヒモがだめならば一体なんて呼んだらいいのよ」
「シート。ヨットでは、ロープのことはシートと呼ぼう」
「シート?なんか腰掛けたくなってしまうような名前」
麻美子は、コクピットの座席に腰掛けながら、隆に言い返していた。
「めちゃ夫婦漫才なんだけど」
「夫婦げんかはしないで」
陽子は、麻美子のことをなだめていた。

– ヨット教室物語・第86話

皆よりも少しだけヨットの乗船経験がある麻美子が指示を出していた。
「ヨットでは、ロープっていう言い方は辞めようか」
コクピットで、操船用のステアリング、ラットを握りながら、隆は麻美子に注意した。
「そっちの赤いヒモを引っ張ってくれる。陽子ちゃんは青いほうのヒモを引いて」
隆がロープと呼ぶなというので、麻美子はロープのことをヒモと呼んでいた。
「ヒモって呼び方もおかしくないかい」

ヨット教室物語・第85話

今日は、初めてのヨット乗船日だった。
先週からクルージングヨット教室は始まっていたが、先週はクラブハウスの2階で座学の講習を受けただけだったので、実質今週が初めてヨットに乗る日だった。
今日は、永田瑠璃子も皆と同じようにスカートではなくパンツを着ていた。
「さあ、メインセイルを上げようか」
隆の号令で、皆はラッコのメインセイルを上げるのに必死になっていた。
「そのロープを引っ張ってくれる」

ヨット教室物語・第84話

「私さ、ヨット教室の生徒さんたちが、うちのラッコにクルーとして大勢来るようになったら、隆が1人ぼっちでヨットに乗ることもなくなるだろうから、今週でヨットに乗るのは辞めようかなと思ってたの」
帰りの車の中で、麻美子は隆に言った。
「でもさ、あの子たちとヨットに乗るのだったら、なんかおしゃべりしてて楽しいし、もうしばらく隆のヨットに乗せてもらおうかなと思い直しているんだけど」
「いいんじゃないの、別に」
隆は、運転しながら麻美子に答えた。

ヨット教室物語・第83話

「それじゃ、来週の日曜日ね」
皆が駅から電車に乗って帰ってしまうと、隆は麻美子を乗せて東京の自宅まで車を走らせた。隆は、渋谷のマンションで一人暮らし、麻美子は、中目黒の実家で両親と暮らしていた。
麻美子には、弟がいるのだが、弟は、いまサンフランシスコに単身赴任していた。
「ね、私なんだけど」
麻美子は、ずっと隆に話し出せずにいたことをようやく車の中で話し出せた。

ヨット教室物語・第82話

「大丈夫、スカートでもどこでも普通に動き回れるから」
瑠璃子は、隆の前で普通にスカートでヨットのライフラインを越えると、キャタツを降りてみせた。
「でも、それじゃ、真下にいる麻美子にスカートの中まる見えだろう」
「え、ぜんぜん見えていないよ」
キャタツの下にいた麻美子は、降りてくる瑠璃子に向かって話していた。
「皆、ここから電車で帰るのかな」
隆は、皆を車で最寄り駅まで送り届けた。

ヨット教室物語・第81話

それから隆1人が混じってはいたが、日が暮れて周りが暗くなるまで、ラッコのキャビンの中では、女の子たちの黄色い声で女子会トークが盛り上がっていた。
「そろそろ、お開きにしようか」
隆の声で、皆は飲み終わったお茶のカップとお茶菓子を片付けて、船台の上のヨットから降りた。
「大丈夫か、スカートで下りられるか」
今度は隆が瑠璃子のことを心配していた。

ヨット教室物語・第80話

「すっかりお友達だよね」
麻美子が、香代に話しかけると、香代は麻美子に嬉しそうに頷いていた。
「お友達というよりも、見た目は親子だよな」
「お姉ちゃんと妹」
隆が麻美子に言った親子という言葉を、香代が言い直してくれていた。
「そうよね。お姉ちゃんと妹よね」
麻美子は、訂正してくれた香代の言葉に嬉しそうに笑顔になりながら、香代の頭を撫でていた。

ヨット教室物語・第79話

「私と隆って同級生だよね、私より4つ上だって言っているでしょう」
「あ、そうか。じゃ、俺とも4つ上なのか」
隆がやっと気づいたように言ったので、皆はキャビンの中で大笑いになった。
「それじゃ、この中で1番の年下って誰かな?」
「香代ちゃん」
麻美子は、隣の席に座っている香代の頭を撫でながら、隆に答えた。

ヨット教室物語・第78話

「へえ、麻美子よりも年上なんだ」
「そう、私がこの中で1番の年長者かな」
雪は、隆に答えた。
「そうなんだ。俺よりも年長なのかな」
「だから、私よりも4歳年上だって言っているじゃないの」
「麻美子より年上なのはさっき聞いたよ。俺より上かなって聞いたんだけど」
「何を言っているの?」
麻美子が不思議そうにしていた。

ヨット教室物語・第77話

「ルリちゃんは、会社で経理のお仕事しているんだよね」
麻美子は、今日会ったばかりの永田瑠璃子ともすっかり仲良くなってしまっていて、ルリちゃんと呼ぶようになっていた。永田瑠璃子だけでなかった。鈴木香代は香代ちゃん、中村陽子のことは陽子ちゃんと呼んでいた。柏木雪のことだけは、雪さんと呼んでいた。
「なんで、柏木さんのことだけは雪さんなの?」
隆は、麻美子に聞いた。
「だって、私より4歳も年上だもの」
「そんなこと気にしなくてもいいよ、雪って呼んでよ」
雪は、麻美子に言った。

ヨット教室物語・第76話

麻美子は、その手前にあるキッチンでお湯を沸かして、紅茶とちょっとしたお菓子の準備を始めた。
「お手伝いします」
永田瑠璃子と中村陽子が率先して、お茶の準備をしている麻美子の側にいくと手伝い始めた。
「ね、今日はずっと1日お勉強してたから疲れたでしょう?」
麻美子は、皆に聞いた。
「うん、知恵熱が出たかも」
「そうよね、お茶淹れるからくつろいでね」

ヨット教室物語・第75話

横浜のマリーナでのクルージングヨット教室は、いつも毎年春から秋にかけて開催されていて、いつも生徒の比率は男性より女性の方が多いから、男性生徒はレース艇に振り分けられてしまい、隆たちのようなクルージング専門のクルージング艇には女性しか振り分けれなくなってしまうのも定番になっていた。
「ソファに座って寛いでいてね。お茶を淹れるわ」
皆は、パイロットハウス前方の一段下がったところにあるダイニングのソファに腰掛けた。

ヨット教室物語・第74話

「そのドアを開けて、中へどうぞ」
麻美子は、一番ドアに近いところに立っていた中村陽子に声をかけると、中村陽子はドアを開けて、ヨットのキャビンの中へ入った。
「いっらしゃい」
メインサロンの床板を開けて、中に入っているエンジンの整備をしていた隆が顔をあげて答えた。
「生徒さんたち皆、若くてかわいい女の子ばかりよ」
麻美子は、隆が喜ぶかなと思いながらそう伝えたが、隆は別にそうでもなかった。

ヨット教室物語・第73話

むしろ、キャタツの上り下りで苦労していたのは、自分と同年代ぐらいの柏木雪だった。
柏木雪は、スカートではなくパンツを履いていたが、うまくキャタツを登れずに、麻美子が下でずっとしっかりキャタツを抑えていて、ようやく上まで登れたのだった。
「中に作業中の汚いおっさんがいるけど、オーナーだから驚かなくて大丈夫よ」
麻美子は、一番最後にキャタツをよじ登ってデッキへ上がると、デッキ上にいる皆に言った。麻美子も、初めてこのキャタツを登ったときには、上手くよじ登れなかったものだ。

ヨット教室物語・第72話

「スカートじゃ上がれないものね。私と一緒に下でお話ししていようか」
生徒の永田瑠璃子は、その日はパンツでなくてオーバーオールタイプのジャンパースカートを着ていた。それを見て、麻美子は、永田瑠璃子にそう伝えようとしていたのだったが、その前に、永田瑠璃子は既にスカートをくるっと畳むと、上手にキャタツをよじ登ってデッキ上に上がってしまっていた。
「うわ、さすが若い子は身体が柔らかくて機敏ね」
麻美子は、スルスルとロングスカートでキャタツをよじ登ってしまった永田瑠璃子の姿を見て呟やいていた。

ヨット教室物語・第71話

「それじゃ、これから、うちのヨットをご案内しますね」
麻美子は、生徒たちに言うと、ラッコの船体にキャタツをしっかり掛け直した。
隆のヨットは、横浜のマリーナ海上に係留されて保管されているわけではなかった。横浜のマリーナ内の敷地に船台というヨットの船体を上に載せて保管しておける台車があって、その台車の上にラッコのヨットを載せて陸上で保管されていた。
なので、陸上で保管されているときは、ヨットの船体に長いキャタツを立てかけて、キャタツを登って船体のデッキ上に乗り降りしているのだった。

ヨット教室物語・第70話

ヨット教室の生徒さんの振り分けは、麻美子が迎えにくる以前から既にマリーナのスタッフ間で決められていて、クルージングヨット教室の生徒さんたちは、もともと7:3で女性の数の方が多いのだった。
ウララのようなレース艇たちに若い男性生徒さんたちを先行して振り分けしてしまうと、もうあと残りは女性しか残らないのだった。
なので、必然的にラッコへの振り分けは女性ばかりになってしまっていた。

ヨット教室物語・第69話

隆は、毎週自分と一緒にヨットへ乗ってくれるクルーを求めて、クルージングヨット教室の生徒さんたちを自分のヨットに受け入れることにしたのだった。
一緒に乗ってくれるということは、セイルを上げたり下げたりする際、一緒にヨットを操船してくれる人を求めているはずだ。
セイルを上げたり下げたりするのに、女の子ばかりだなんて。
「私が、隆に変わって生徒さんのお迎えに来てしまったからかな」
と麻美子は反省していたが、実はそうではなかった。

ヨット教室物語・第68話

「彼女、うちのヨットに振り分けられたんだ」
麻美子は、彼女の名前が呼ばれたとき、なんか嬉しかった。
「永田瑠璃子さん、柏木雪さん、中村陽子さん、鈴木香代さん」
麻美子は、クラブハウスで先生から受け取った資料を確認しながら、ラッコのヨットに振り分けられた生徒さんたちの顔を確認した。みな女性ばかりだった。
「これじゃ、隆が困らないかな」
と麻美子は感じていた。

ヨット教室物語・第67話

「永田さん、柏木さん、中村さん、鈴木さん」
麻美子が教室の前方に移動すると、先生は、今度はラッコに振り分けられる生徒さんたちの名前を順番に呼んでいた。先生に名前を呼ばれる度に、呼ばれた生徒さんが返事して前方に出てくる。
最後に、鈴木さんと呼ばれた生徒が教室の一番後ろから返事して、教室の前方に歩いて来た。麻美子がさっきロープワークを教えてあげたあの可愛い女の子だった。

ヨット教室物語・第66話

「うちのヨットには、どんな生徒さんたちが振り分けられるのかな」
麻美子は、自分が呼ばれるのを待ちながら考えていた。さっき、ロープの結び方がよくわからずに私が教えてあげた女の子って素直で可愛かったし、うちのヨットに振り分けられるといいな。
「ラッコさーん」
教壇の先生に呼ばれた。麻美子は、慌てて返事をすると教室の前方に移動した。

ヨット教室物語・第65話

「それでは、生徒さんたちを振り分けます。自分の船の名前を呼ばれたら、オーナーさんは教室の前方にいらして下さい」
教壇の先生が、教室の後ろの方に集まっていたヨットのオーナーさんたちに声をかけた。
「ウララさーん」
先生に呼ばれて、オーナーの松浦さんは、教室の前方に移動した。先生がウララに振り分けられる生徒さんたちの名前を呼んで、呼ばれた生徒さんたちも教室の前方に移動して、これからお世話になるヨットのオーナーさんと対面した。レース艇のウララに振り分けられる生徒さんたちは流石に皆、若くて力のありそうな男性たちばかりだった。

ヨット教室物語・第64話

「え、これがトイレなんですか」
麻美子は、以前、ウララの船内を覗かせてもらった時、速く走れるようにと船体を軽くするため、ほぼ何もない空っぽの船内に、パイプベッドが両サイドに4個備え付けられており、カセットのガスコンロ1個とバケツが置いてあるだけの船内を見せてもらったことがあった。
ただの青いバケツがウララのトイレで、そこへ用を足して海に流すのだそうだ。用だって、扉も何もない、ちょっとした仕切りの影へ行って、そこで済ませるのだと言う話だった。

ヨット教室物語・第63話

麻美子がクラブハウスに行くと、他にも多くのヨットオーナーさんたちが生徒たちのことを迎えに来ていたのだった。その中に、ウララの松浦オーナーの姿もあった。
「松浦さんのところも、生徒さん取られるのですか」
麻美子は、この冬の間ずっとヨットに乗りに来ていて、すっかり顔見知りになってしまったウララの松浦オーナーに話しかけた。ウララは、隆の乗っているラッコのヨットとは、まるっきり違うタイプのヨットで、ヨットレースで速く走ることだけに特化して造られているヨットだった。

ヨット教室物語・第62話

「そろそろ各艇に生徒さんたちを振り分けますので、オーナーさんはクラブハウスへお集まり下さい」
マリーナの職員さんが、各艇のオーナーさんに伝えていた。
「生徒さんたちを迎えに行ってくるの私が行こうか」
隆は、午前中、セーリングをして来たヨットの後片付けで忙しそうだった。お昼ごはんの後片付けを終えた麻美子は、隆に提案した。ヨットのセイルを折りたたんでいた隆は、黙って麻美子に頷いた。

ヨット教室物語・第61話

あんなに大勢の生徒さんたちがヨットに乗りに来てくれるのだったら、来週からは別に私が隆と一緒にヨットに乗りにこなくても、隆もさみしくないわねと麻美子は思っていた。
「来週からは、私がヨットに来なくても大丈夫よね」
麻美子は、隆にそう伝えようと思いつつも、ずっと言い出せずに言いそびれていた。
午前中、ヨットで海に出航して、昼過ぎにマリーナへ戻って来て、キャビンでお昼を作って、デッキで昼食を食べているときも、麻美子は隆にそのことを伝える機会を逃していた。

ヨット教室物語・第60話

今朝の横浜のマリーナは、随分と人が多く騒がしかった。
今日から今年のクルージングヨット教室が始まるので、マリーナにはヨット教室を受講する生徒さんたちがいっぱい集まって来ていて、いつもは静かなマリーナの敷地内が騒々しいようだ。
生徒たちの間をかき分けて、麻美子は隆と一緒に自分たちのヨットに乗った。
「夕方から生徒たちの引き渡しだから、午前中は少しだけ海に出て帆走してこよう」

ヨット教室物語・第59話

香代は、このお姉さんもヨットのオーナーさんで、生徒のことを迎えに来ているんだと思った。
「俺らも、来週からあそこに停まっているどれかのヨットに乗れるんだな」
前の席の男性が、ロープワークの練習をしながら、横にいる仲良くなった彼と話していた。
「このお姉さんのヨットに振り分けられると良いな」
香代は、お姉さんにロープの結び方を教わりながら考えていた。
香代は、ロープワークを優しく教えてくれたお姉さんのことが、すっかり気に入ってしまっていた。

ヨット教室物語・第58話

香代は、最初から最後までロープワークは、ストレートの長い髪のお姉さんに教わってしまった。
教室に集まって来たおじさん、おばさんたちは、ここのマリーナにヨットを停泊しているオーナーさんたちで、ロープワークの実習が終わった後、生徒たちは、各ヨットに振り分けられることになっていた。
「隆!私が生徒さんたちを迎えて、後で連れて行くね」
「わかった!頼む」
ストレートの長い髪のお姉さんは、教室の窓から見えるヨットのデッキで作業している男性に声をかけた。

ヨット教室物語・第57話

香代が、髪の長い優しいお姉さんにロープワークを教えてもらったように、教室の周りに集まって来ていたおじさん、おばさんたちも、それぞれ生徒たちにロープワークを教えていた。
初めて教わるヨットのロープワークに、生徒たちは皆、ロープ結びを苦労していた。教室の先頭にいた先生だけでは、生徒たち皆のロープワークを見てあげられず、集まって来たおじさん、おばさんたちも生徒たちのやっているロープワークをそれぞれ手伝っていたのだった。
香代は、ストレートの長い髪のお姉さんに教わっていた。

ヨット教室物語・第56話

「うまく結べる?ヨットのロープの結び方って難しいよね」
香代がロープの結び方で苦労していると、それを後ろで眺めていた長いストレートの黒髪を胸の辺りまで下ろしたお姉さんが香代に話しかけてきてくれた。
「そこは、こうやって下から通すと、うまく結べるわよ」
ストレートの長い髪のお姉さんは、香代に優しく結び方を教えてくれた。香代が気づくと、午前、午後の座学の間は、教壇の先生とヨット教室の生徒たちしかいなかった教室に、他にもたくさんのおじさん、おばさんたちが集まって来ていた。

ヨット教室物語・第55話

「午後の授業を始めましょうか」
教壇に先生が戻ってくると、午後の座学が始まった。
午後は、1時間ぐらい教壇の先生の話す座学を聞くと、その後は、生徒たちそれぞれに短い長さのロープを3本ずつ配られると、そのロープを使って、ロープの結び方の実習になった。
座学の講習は、教本を片手に先生の話を聞いていて、だいたい内容を理解できていた香代だったが、いざロープワークの実習になると、なかなかうまくロープを結べずに苦労していた。

ヨット教室物語・第54話

「それでは、お昼休憩にしましょう。午後は1時から始めます」
午前の座学の授業が終わって、教壇の先生もお昼を食べに教室を出ていった。生徒たちも、それぞれ教室を出て、近くのコンビニやスーパーに行って、お昼の弁当などを買ってくると、マリーナの敷地内の日当たりの良い場所でお昼ごはんを食べていた。
香代は、あまりお腹も空いていなかったし、バッグの中に持ってきたグミの袋を開けて、それをつまみながら、午前中に教えてもらった座学の内容を1人机で復習していた。

ヨット教室物語・第53話

「私も、自分の殻を破りたくて今回参加したんだけどな」
周りの人たちが隣の席の人たちとおしゃべりをしている姿を眺めながら、鈴木香代は思っていた。
「それでは、座学を始めます」
50代ぐらいの先生が教室の先頭で挨拶をして、ヨット教室の座学が始まった。まず最初に、コピー機でプリントされた教本が生徒たちに配られた。鈴木香代のところにも教本が配られて、香代は教本を読みながら、教壇の先生の話に耳を傾けた。いつも学校の授業の成績もわりと優等生だった香代は、初めて聞くヨットの知識も教本の内容を読みながら座学の先生の話を聞いていると殆どの内容を理解できた。

ヨット教室物語・第52話

「皆、すごいな」
後ろの席から他の受講生たちの姿を観察していると、授業が始まるのを待ちながら、周りにいる同世代の生徒たち同士で仲良くおしゃべりをしていた。お友達同士でヨット教室に応募して来たのかと思うぐらい仲良くおしゃべりしていたが、話を聞いていると、みな特にお友達同士ってわけではなく、たまたまヨット教室で一緒になった人たちが多いようだった。
「私も、自分の殻を破りたくて今回参加したんだけどな」

ヨット教室物語・第51話

入り口に立っていた男性スタッフに、クルージングヨット教室の案内ハガキを見せた。
「クルージング教室は、クラブハウス2階で開催されます」
鈴木香代は、男性スタッフに案内されて、クラブハウスの階段を上がって、2階の部屋に入った。
クラブハウスの中は、これからクルージングヨット教室を受講しようという人たちでいっぱいだった。自分と同じ20代ぐらいの人もいたが、30、40、50代ぐらいの人もいて、年代は様々だった。女子と男子では、7:3ぐらいで女性の受講者の方が多かった。

ヨット教室物語・第50話

そんな性格の香代だったが、なんとなく自分の性格を変えたいと何か新しい挑戦をしてみたいと思っていた。そんな香代がネットで目にしたのが、横浜のマリーナで開催されるクルージングヨット教室の生徒募集の告知だった。ヨットなんて一度も乗ったことがなかったが教室に応募してみたら当選した。
「大丈夫かな、私」
横浜のマリーナの前には、大勢の人たちが集まっていた。自分と同じクルージングヨット教室に参加するために来ていた人たちのようだった。

ヨット教室物語・第49話

鈴木香代は、横浜のマリーナにやって来ていた。
中学、高校とも女子バスケット部だったし、運動は苦手というわけではないのだが、人見知りで賑やかな場所で過ごすことが苦手だったため、あまり外に出かけることが少なかった。
「人と話すのが、どうしても苦手だな、私」
短大を卒業後、会社に就職してOLをしているが、仕事が終わると家に直行して、お休みの日もずっと家の中で過ごしていることが多かった。

ヨット教室物語・第48話

冬の間ずっと隆と一緒に乗っていたおかげで、いちおう中央の一番背の高いメインセイルと先頭についているジブセイル、最後部の操縦席の近くにあるミズンセイルを上げてヨットを動かすっていうことぐらいは麻美子でも理解できるようにはなっていた。
でも、基本的にヨットのことなんて全然わからなかった。
「こんな私が、ヨットに乗り続けていても仕方ないじゃん」
麻美子は、そう考えていたのだった。

ヨット教室物語・第47話

隆は、新しくヨット教室の生徒さんが来た後も、麻美子が一緒にヨットへ乗り続けると思っているみたいだったが、麻美子は、新しいクルーが来て、隆と一緒に毎週ヨットに乗ってくれるようになったら、自分はもうヨットに乗るのはやめようと考えていた。
冬の間、寒い時期に進水したばかりの隆のヨットは、まだ他に隆と一緒にヨットへ乗ってくれる人もいなかったし、うちの母も言っていたように、隆1人だけで海へ出航させるのは何かあった時に危ないからと、自分が一緒に乗ってあげていたけど、他に一緒に乗ってくれる人がきてくれたのならば、何も自分が一緒にヨットへ乗らなくても良いだろうと考えていたのだった。

ヨット教室物語・第46話

隆のヨット、フィンランド製のナウティキャット33という33フィートのモーターセーラー、セーリングクルーザーは、船名をラッコといった。ラッコのように海の上でのんびりプカプカ浮かんでいたいという隆の思いから船名を「ラッコ」にしたのだった。
「先週、隆が言っていた新しいクルーが来るっていうのはヨット教室の生徒さんのことだったの?」
麻美子は、隆に聞いた。
「そうだね。いよいよ、麻美子も先輩クルーになるんだね」
隆が、麻美子に返事した。

ヨット教室物語・第45話

応募してきた生徒たちは、スクール初日だけマリーナのクラブハウスで座学、基本的なヨットの乗り方について職員から学んだあと、隆たちマリーナにヨットを停泊しているヨットに、それぞれ振り分けられて次の週からは、各艇のオーナーさんたちの元でヨットに乗艇し、乗り方を学ぶのであった。
「隆くんのところは、ヨット教室の生徒さんを取るの初めてじゃないの」
「はい、まだラッコは1月に進水したばかりですしね」
隆と市毛さんは、ラッコのキャビンの中でお酒を飲みながら話していた。

ヨット教室物語・第44話

「隆くんのところは、ヨット教室の生徒さんを取るの?」
「一応、そのつもりです」
隆は、市毛さんに答えた。
隆がヨットを停泊している横浜の公営マリーナでは、毎年春に「クルージングヨット教室」と称して、横浜市民の中からヨットを習いたいという大人たちを募って、春から秋まで半年間のヨット教室を開催していた。

ヨット教室物語・第43話

横浜の金沢港沖の貯木場には、その代わりに昔、横浜で開催された万博、横浜博覧会の時に使用されていた六角形のステージ型のプールが舫われていた。博覧会では、プールの中でイルカが飛び跳ねていて、博覧会の入場者たちに芸を見せて楽しませていた場所だった。
博覧会で使い終わったプールは、貯木場跡地で静かに舫われていた。隆たち、横浜のマリーナに停泊しているヨットたちは、お昼の時間になると、そこへやって来てプール脇にヨットを舫うと、そこの台座でお昼ごはんを料理し、皆で食事を楽しんでいた。

ヨット教室物語・第42話

「来週から今年のヨット教室が始まるね」
お昼、隆が自分のヨットを貯木場に入れると、先に泊まっていたフェリックスのヨットのオーナー、市毛さんが隆に話しかけてきた。
貯木場というのは、港内の海外から輸入した木材などを海上に保管しておく場所のことで、そこの海上には、たくさんの木材が浮かべられていた。というのが、本来の貯木場の姿なのであろうが、現在の貯木場は、貯木場跡地みたいなところで海上には流木がちょっことしか浮かんでいなかった。

ヨット教室物語・第41話

横浜のマリーナの中を、ヨット専門の暖かいオイルスキンを着て歩き回っていると、格好だけは。一人前のヨットウーマンに見えている麻美子だった。
そして、半年があっという間に過ぎて、季節は春を迎えて、せっかく初めて隆に買ってもらったヨット用のオイルスキンも着ていると暑すぎる季節になってきた。
「そろそろ、うちのヨットにも麻美子以外のクルーも来るぞ」
「そしたら、麻美子も先輩クルーだね」
「先輩クルーって、私、ヨットのことは全然わからないけど」
麻美子は、隆に答えた。

ヨット教室物語・第40話

「こんなの高くないの?」
「いいよいいよ、俺といつも一緒に乗ってくれているし。麻美子が毎週寒そうに乗っているから」
「隆は、社長さんでお金持ちだものね」
麻美子は、隆の頭を小突きながら、笑顔で笑った。
その7万円もする暖かいオイルスキンを着て、ヨットに乗っていると、寒い冬の海の上でも暖かく過ごせて快適だった。

ヨット教室物語・第39話

「お、麻美ちゃん」
冬の間ずっと毎週のように、横浜のマリーナに通っていると、フェリックスの市毛さん以外にも、横浜のマリーナにヨットを停泊しているオーナーさんたちともすっかり顔見知りになってしまっていた。
麻美子が、街中で皆がよく着ている一般的なコートを着て、冬の海のヨットに乗っていると、それでは寒いだろうと隆が、自分のお金でヨット専門の風を通さない暖かいオイルスキンを購入してくれた。
「これって7万円もするよ!」

ヨット教室物語・第38話

「私、別にクルーではないんだけど」
「もうクルーみたいなものじゃん。俺と一緒にうちのヨットに乗っているんだから」
それから、寒い冬の間ずっと毎週のように隆は、自分のヨットに乗っていた。
「あんたも一緒に乗ってあげなさいよ」
麻美子は、母から隆が1人で海にヨットを出していて何かあったらいけないからと言われた。そんなわけで、この冬は寒い中、毎週のように横浜のマリーナに通うこととなった麻美子だった。

ヨット教室物語・第37話

「うちのクルーの麻美子です」
麻美子が、リビングにいる市毛さんたちに、おつまみの盛り付けられたお皿を持って行くと、隆が麻美子のことを市毛さんたちに紹介してくれていた。
「いつも隆がお世話になっています。よろしくお願いします」
いつの間にか、麻美子は隆のヨットのクルーにされてしまっていた。
ヨットのクルーとは、そのヨットのオーナーと一緒に乗っている仲間、船員のことだ。
「クルーってそういう意味だったの」
麻美子は、フェリックスの人たちが帰った後に、隆から意味を聞いた。

ヨット教室物語・第36話

「フェリックスの市毛さん」
隆は、隣に横付けしたヨットのオーナー、市毛さんのことを麻美子に紹介した。そして、隆はキッチンの冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、リビングのソファに腰掛けている市毛さんたちに手渡した。
「サラダの前に、何かビールのつまみになるようなものを作ってくれるかな」
隆は、麻美子に命じた。麻美子は、船長の隆に言われて、既に作り始めていたサラダを中断して、冷蔵庫の中からつまみになりそうなものを作って、お皿に盛り付けた。

ヨット教室物語・第35話

麻美子は、隆がいなくなったキッチンの中に入ると、お鍋にお湯を沸かして、パスタを茹でる準備を始めた。パスタを茹でている間に、隆が出してくれた生野菜を切り刻んでサラダを作った。
「あ、麻美子が作ってくれていたんだ」
キャビンの外から戻って来た隆は、料理していた麻美子に声をかけた。
隆の後ろからキャビンの中に入って来たのは、隆のヨットの真横に横付けした同じ横浜のマリーナに保管しているヨットのオーナーとクルーたちだった。