中古車輸出・第111話
「はい、今月の予算が無いから来月になってから続きの分は注文するんだそうです」
「それは楽しみだな」
社長は、ゆみの返事に満足そうに頷いていた。
「来月も全体ではこの金額の売上げ、各自でもそれぞれの目標目指して達成しましょう」
社長は、ホワイトボードの数字を指差しながら、皆に伝えて今月の売上げ会議は終了した。
「井馬さん、オイル交換ってどうやるの?」
「はい、今月の予算が無いから来月になってから続きの分は注文するんだそうです」
「それは楽しみだな」
社長は、ゆみの返事に満足そうに頷いていた。
「来月も全体ではこの金額の売上げ、各自でもそれぞれの目標目指して達成しましょう」
社長は、ホワイトボードの数字を指差しながら、皆に伝えて今月の売上げ会議は終了した。
「井馬さん、オイル交換ってどうやるの?」
「何も、こんな真っ暗になってから横浜まで車を出さなくても良いんじゃないの」
麻美子の母親は、夜中に横浜まで出かけようとしている2人に声をかけた。隆は、普段、会社がある平日は、ここではなく渋谷の自分の家で過ごしていた。麻美子の母にとっては、隆とは、週末の休日しか会えないので、今夜は中目黒の家で過ごしてほしかったようだ。
「これから、夜道を走って横浜まで向かうのも面倒だし、明日の朝でいいか」
「隆が、それで良いなら、私は別にどっちでも良いけどね」
麻美子は、取ってきた鍵を元あった場所に戻しながら、隆に返事した。
「どうせなら、今夜のうちにマリーナに行って、ラッコに泊まらないか」
隆は、麻美子の母親が作ってくれた夕食を食べた後、麻美子家の皆とリビングでゆっくりしているときに、麻美子へ話しかけた。
「良いけど」
麻美子は、クローゼットに置いていたエスティマの鍵を取ってきつつ、隆に返事した。
「夜のドライブで出掛けちゃおうか」
「うん、このぐらいあるといいな」
社長は、ホワイトボードの今月の合計粗利金額を書き直しながら、呟いた。
「会社として、毎月このぐらいの粗利が出ていれば全く問題なしなんだけどな」
社長は、皆に言った。
「この売上げが続けば、皆のボーナスだって出るようになるぞ」
社長は、今月の売上げに満足そうに言った。
「来月もドイツは注文くれるんだって?」
「売上げは金額ベースで考えて良いだろう」
社長は、経理担当に言った。
「そうですか、車が仕入れされるかもわかりませんが」
「仕入れられないのか?」
ゆみは、社長に聞かれて首を横に大きく振った。
「うん。今月分にドイツも入れても良いだろう」
「でしたら予想落札価格で、+70の210万ですかね」
経理担当は、電卓を打った結果を社長に伝えた。
「ドイツからも2回目の注文来たしな」
社長は、ゆみに言った。
「ドイツの売上げは、まだ今月分には入れていませんよ」
経理担当は、社長に伝えた。
「え、なんで?入金はあったんだろう」
「入金はありましたけど、ゆみちゃんがまだ車仕入れてませんし」
「入金あったら、それはもう売上げで良いだろう」
社長は、経理担当に言った。
「まあ、シャランはモルジブのエリアを切り開いたしな」
社長は、シャランをフォローしてくれた。
「しかし、全体での売上げ金額が少し少ないな」
社長は、ホワイトボードに書かれた全員の売上げ金額を合計しながら呟いていた。
「ゆみは、140万だけか」
社長は、ゆみの売上げ金額を見て、質問した。
「140万でも、80より60多いですが」
「入金、入金の経理の声からすると、もう少しいくかと思ったが」
「そうですよ、80万でしたね」
経理担当は、社長に伝えた。
「うん、なかなか調子づいてきたな」
「そうですね、海外バイヤーとのやり取りも慣れてきたというか、かなりスムーズにしているみたいですしね」
経理担当は、ゆみの商談時の様子を社長に伝えていた。
「しかし、他の営業担当は全員目標達成できずなのか」
社長は、本来の営業担当者たちに聞いた。
「私、あと5万だけ足りずだったんだけど」
シャランが言った。
「さあ、そろそろ今月の売上げ会議を始めるぞ」
午後、社長が皆を会議用のテーブルに集めた。
「まずは部長から行くか」
部長の報告を筆頭に、皆が順番に自分の売上げを報告した。
「で、ゆみは?」
「140万ですね」
経理担当が、ゆみの代わりにゆみの売上げ分を報告した。
「おっ、随分といったな」
社長は、経理担当の売上げ報告に微笑んでいた。
「確か、彼女の先月の目標って80万ではなかったか」
「社長さん、明日は別に渋谷までお迎えに行かなくたって、隆さんが空いている弟の部屋のベッドで泊まっていけば良いだけじゃないの」
麻美子の母親が、2人の会話に割って入って言った。
「確かにそうでした」
隆は答えた。
「そういえば、車屋さんに奥さんって呼ばれてなかった?」
「うん。隆と出かけると、いつも言われることだから一々訂正しなかった」
麻美子は、隆に言った。
「隆って、前にも会社での運転手が欲しいって言っていたものね。うちから渋谷まで東横線で帰るって話よりも、私に運転手になってくれっていう方が話のメインでしょう」
隆の考えていることをズバリと当ててしまっていた麻美子だった。
「それじゃ、早速、明日の日曜日は、隆社長を横浜のマリーナまでお送りするために、買い換えたばかりの自動車でお迎えに行きましょうか」
「頼む」
「お母さんも、お父さんも、もう車の運転しないし、ここに置いておくのは別に良いと思うんだけど、ここから自分の家の渋谷に帰るとき、隆はどうするのよ」
「俺は、ここからなら中目黒駅から東横線で帰れるし。麻美子に家まで送ってもらっても良いし」
隆は、麻美子に提案した。
「麻美子って、うちの会社で俺の秘書をしてくれているじゃない。なんなら、ここから会社に行く時も、この車で渋谷に立ち寄って、秘書だけじゃなく、俺の運転手もしてくれないかな」
麻美子は、隆の話を聞いて、思わず吹き出してしまっていた。
「運転しやすい?」
「うん。オートマだし、ぜんぜん楽に運転できたよ」
麻美子は、隆に聞かれて返事した。
「あのさ、渋谷の俺のうちのマンションの駐車場ってけっこう駐車料金高いじゃない」
「そうね」
「この車って、今までの車より屋根高めだし、立体駐車場に入るかどうかもわからないし、麻美子の家のここのガレージに置いておいたらダメかな」
「これで座席数もサイズ的にも良いんじゃない」
「麻美子が良いなら、俺はなんでもいいよ」
結局、今の隆の車を、その古いエスティマに買い換えることになった。隆の乗っていた車は、まだ購入したばかりの新しい車だったので、その車を売却すると、古いエスティマが余裕で買えてしまった上に、お釣りまでもらえてしまっていた。
買い換えたばかりのエスティマは、中古車屋から麻美子の家まで麻美子が運転して帰ってきた。
「俺、あんまり自動車の運転って上手じゃないからな」
「この大きさなら、いま乗っている隆の車とそんな大きさ変わらないよ」
麻美子は、ハンドルを握ってクルクル回しながら、窓の外の周りを眺めながら、隆に言った。
「奥様、試乗されてみますか?」
中古車屋の営業マンが、麻美子にエスティマの鍵を手渡してくれた。麻美子は、営業マンから鍵を受け取ると、助手席に隆を乗せたまま、店の周りの道を一周してきた。
「これ、どうかな!?」
麻美子は、ハイエースの車内のベンチシートに寝転がっていた隆のことを大声で読んだ。
「これに乗るの?運転するのに、サイズが大きすぎないかな」
隆は、一瞬だけ運転席に腰掛けてみてから、その車のデカい運転席に、運転するのを諦めたように運転席から降りながら、麻美子に言った。
「え、そんなにサイズ大きくないよ」
隆に代わって、麻美子が運転席に腰掛けた。
「ゆみちゃん、これドイツからの入金なの?」
経理担当に聞かれて、ゆみは頷いた。
「ずいぶん金額が高いけど、なんの車なの」
「2台分」
「ああ、2台分なのね」
経理担当は、金額に納得した様子だった。
「1台がベンツで、もう1つはまたポルシェ」
ゆみは、経理担当に説明した。
「あと来月になったら、もう少し注文するって」
「ああ、ドイツで中古車屋やってる。それで次の車もオーダーしたい」
ドイツの海外バイヤーは、ゆみに言った。
「次?」
「ああ、まだまだいっぱい注文するぞ」
そして、ドイツの海外バイヤーとの商談が続いた。
「そうね、ベンツの方は140万、ポルシェは180万でどうかしら」
「オーケイ。ファインファイン」
ゆみがプロフォーマインボイスを作成した。
「ユミー、久しぶりだね」
「あら、お久しぶり」
「送ってくれたポルシェ届いたよ、最高だったよ!」
それは、ゆみが車の初受注できたドイツの海外バイヤーさんだった。
「そうなの?それは良かったわ」
「エンジンも殆ど調子悪いとこも無く、すぐに店頭に並べられたよ」
「そうなのね、車屋さんだったのね」
ゆみは、ドイツの海外バイヤーに答えた。
「もっと安くならないのか」
ウガンダ人海外バイヤーは、見積もりを見て聞いた。
「だって、ウガンダの車屋さんでは300万はするのでしょう?」
「まあ、そうね」
「それを私は、160万で見積もってあげてるのよ」
ゆみは、送ったプロフォーマインボイスを再度提示した。
「160万には、日本からケニアまでの船賃も込み込みよ」
「そうか、それだったら安い方なのか」
そして、数日後には横浜の貿易会社に入金があった。
「ユミ、この写真を見てよ」
ウガンダ人海外バイヤーは、ゆみにウガンダの首都であるカンパラの街の写真を送って来た。土を踏み固めただけの広場にたくさんのハイエース、コミューターが停車していた。
「皆、ケニアのモンバサ港から乗って来たお客さんたちだ」
ケニアの港や空港からウガンダに遊びに来る観光客たちを乗せている乗合タクシーなのだそうだ。
「そんな運転手さんをやりたいのね」
「そう、そうなんだ」
ゆみは、ウガンダ人海外バイヤーにハイエースを見積もった。
「どうせ、またハイエースといってもコミューターの方よね」
ゆみは、アフリカでハイエースなので察していた。
「屋根も高いやつじゃないとだめなんでしょう」
ゆみは、中古車オークション会場のサイトにログインすると、ハイエースしかもコミューター、さらには天井が高くなっているハイエース、天井辺りには小窓も付いているのを探した。
「こんな感じのが欲しいのでしょう?」
ゆみが、海外バイヤー宛に送ると、
「そう、それそれ!」
案の定、ウガンダ人海外バイヤーから早速返事が来た。
ブロードウェイには、学校で必要な文房具がなんでも揃っているような文房具店や日本食のスーパーもある便利な街だったが、ゆみはあまり好きではなかった。
「良明、ゆみのことしっかり守ってやってくれるか」
隆は、良明に言った。ブロードウェイは何でも揃う便利な街だが、治安があまり良い街ではなかった。
「良明は、お兄さんなんだから守ってあげなきゃね」
良明のお母さんも言った。
「先生、地下鉄で通っているものね」
中山先生は、ゆみたちの通うPS24とクイーンズの日本人学校に、ニューヨークの地下鉄、サブウェイで通勤していた。
「あ、ちょうどそこのパーキングメーター空いてる」
隆は、車を停めた。リバデールを下ったところにあるブロードウェイは、マンハッタンへの地下鉄の駅もあり、ヤンキースタジアムにも近い、大通りが商店街になった賑やかな街だった。
「良明君、一緒に歩こう」
ゆみは、良明の手を握って緊張していた。
「お兄ちゃんが、先生ん家まで連れて行ってくれるの?」
ゆみは、良明と一緒に後部座席に乗り込みながら、隆に聞いた。
「いや、ブロードウェイまで送ってやる」
隆は、ゆみに返事した。中山先生とは、ブロードウェイで待ち合わせしていて、そこから先生ん家までは地下鉄に乗って行く予定だった。
「先生ん家ってどこ?」
「マンハッタンのセントラル・パークの近くだよ」
「ゆみ、行くぞ」
「はい、お兄ちゃんちょっと待ってよ!」
ゆみと良明のお母さんは、部屋から出てきた。お出かけするのに、良明のお母さんが、ゆみの長い髪をブラッシングしてくれていたのだった。
「良明がお待ちかねだぞ」
隆は、髪のブラッシングを終えて出てきたゆみに言った。
今日は、中山先生と約束した先生の家へ遊びに行く日だった。
「俺は、なんでもいいよ。ヨット以外の乗り物には興味ないから」
隆は、本当に車には興味がないらしく、麻美子と一緒に展示場内の車を物色するのに疲れてきて、ハイエースの車内に設置されていたベンチ型シートに横になって寝転がっていた。
「ね、この車かわいくない!」
麻美子が見つけた車は、古いエスティマだった。たまご型の丸っこい形をした車で、車内には、前、後ろ、中央と3列シートで、ラッコのメンバー全員が乗っても窮屈そうではなかった。麻美子は、そのおとぎ話に出て来るみたいな丸いかぼちゃの車に、香代ちゃんと瑠璃ちゃんが乗っているところを想像して、思わず笑顔になった。
麻美子は、駐車場に置いてある隆の車の運転席に座りながら、隆と話していた。麻美子が運転席に座っているので、隆は助手席に座った。
「どんな車に買い換えるの?」
隆は、運転している麻美子に質問した。
「ラッコの皆が乗れるぐらい広い車にしましょう。6シーターの車ってよくあるじゃない」
麻美子の家の近所にある中目黒の中古車屋に着くと、展示場に置いてある車を物色していた。
「隆は、どんな車が好きなの?」
「そろそろ出かけようか」
土曜日、会社が休みの隆は、いつものように麻美子の母親に誘われて、中目黒の麻美子の家でお昼ごはんを食べた後、リビングでのんびり寛いでいた。
「本当に買い換えるのか」
「だって、あの車じゃ、皆が乗れないでしょう」
麻美子は、隆から車の鍵を取ると立ち上がった。
「なんかお腹がいっぱいで歩くのつらいよ」
「それは、隆が来るからって張り切って料理を作りすぎるお母さんに文句言ってよね」
「今度、もう少し皆で乗れるような車に買い換えようね」
「え、俺はけっこう、この車のこと気に入っているんだけどな」
「これじゃ、皆で乗れないでしょう」
麻美子は、隆に言った。
「隆さんの車どれにするかって、麻美ちゃんが決めるんだ」
「そうね、隆ってけっこう買い物下手なところがあるからね」
隆は、パーティーが終わった後、車の助手席に座りながら皆に言った。麻美子は、運転席に座って、鍵を回して車を運転していた。
「この車って、皆で乗るには、ちょっと狭いよね」
隆の車は、スポーツタイプのクーペ車だ。2シーターではなく、いちおう後部座席はあるが、後部には3人までしか乗れなかった。体が小さく、小柄の香代は助手席の真ん中、隆の横に腰掛けていた。
普段、隆が運転しているときは、助手席の麻美子の膝の上にちょっこんと腰掛けていたのだったが、さすがに隆の膝の上に腰掛けるわけにもいかず、助手席の内側に腰掛けていた。
麻美子は、隆がいつも車の鍵を入れている方のポケットに手を突っ込むと、車の鍵を受け取っていた。
「え、そうなの。それじゃ、運転はお願いしちゃおうかな」
隆は、缶ビールを開けると、陽子の持っている缶ビールに乾杯してから飲み始めていた。隆は、さっきまで麻美子と雪、瑠璃子がしていた会話の内容については何も気づいていなかった。
「今日はレースお疲れ様。来週は普通にクルージングしような」
麻美子たちがおしゃべりをしているところに、当の隆と陽子が戻ってきた。
「やっと、セイルを片付け終わった。2人だけだったから畳むの大変だったよ」
「そう、お疲れ様」
麻美子は、ドラム缶から冷えた缶ビールを出してくると、隆に手渡した。陽子は、既に自分の分の缶ビールをしっかり手にしていた。
「え、俺は、帰りに車の運転があるから」
「大丈夫、大丈夫」
麻美子は、2人に話していた。
「そうだよね。それじゃ、もし隆さんと陽子ちゃんが結婚するってなったらどうする」
「別に良いんじゃないの。2人がお互いに結婚したいって決めたんだったら」
麻美子は、雪に返答した。
「私も喜んで、2人の結婚式に参加させてもらうわよ。そしたら、私は陽子ちゃんから良い人が見つかるようにブーケ投げてもらおうかな」
麻美子は、雪に言われて、思わず聞き返していた。
「え、別に私たちって付き合っているわけじゃないし、ただの大学の同級生だからね」
「はいはい」
雪と瑠璃子は、麻美子の方を見ながらニヤニヤと苦笑していた。
「え、本当だよ。私たちって別に付き合っているわけじゃないからね。ただ、家が渋谷と中目黒で近いってだけで、うちのお母さんがさ、隆のこと気に入ってて、いつもうちへ食事に呼んでしまうのよね」
瑠璃子は、楽しそうに談笑している2人の姿を見ながら、呟いていた。
「本当だね。もしかして、あの2人ってお付き合いし始めたりして」
雪は、わざと麻美子に聞こえるように大きな声で、瑠璃子に返事していた。
「確かに。隆って、もしかして陽子ちゃんと話の波長が合うのかもね」
「心配だね」
「何が?」
「ほらほら、あそこに来ているじゃん」
ラッコの船体から下りてきて、こちらのパーティー会場にやって来る2人の姿を見つけて、雪が叫んだ。2人は、ラッコから下りてくると、パーティー会場に向かってくる途中、会場の隅に置かれていた飲み物のドラム缶から缶ビールを取って、バーベキューで焼きそばをもらって食べながら、楽しそうに談笑していた。
「なんかさ。陽子ちゃんって、ヨットの上で、いつも隆さんと仲良くしてない」
「香代ちゃんは飲まないの?」
「私、お酒って一度も飲んだことない」
まだ21歳の加代は、瑠璃子に聞かれて答えた。
「お酒なんて飲まない方がいいよ」
麻美子は、香代の頭をポンポン撫でながら、言った。21歳の香代のことを、麻美子は、まるで自分のかわいい妹のように思えていた。
「そういえば、隆さんと陽子ちゃんってどうしたんだろう?まだセイルを片付けているのかな?」
瑠璃子が呟いた。
麻美子は、既に2本目の缶ビールを飲んでいる瑠璃子に声をかけた。
「麻美ちゃんは、お酒はぜんぜん飲まないんですか?」
少し頬を赤くしている瑠璃子が、オレンジジュースを飲んでいる麻美子に聞いた。麻美子の横に腰掛けていた雪も、1本目の缶ビールを手にして、飲んでいた。
アルコールを飲んでいないのは、麻美子と香代の2人だけだった。
「私も少しは飲めるけど、今日は帰りに車の運転があるからね」
麻美子は、たぶん隆がパーティーで飲むだろうと思ったから、自分はアルコールを控えていたのだった。
「うん、美味しいね。この焼きそば」
雪は、バーベキューで焼かれていた焼きそばを食べながら、隣の麻美子に話しかけていた。
隆と陽子が、乗り終わった後のセイルとか片付けておくからと言うので、他の皆は、先にパーティー会場に来て、バーベキューの準備を手伝っていたのだった。
準備を終えた後、会場で焼かれた焼きそばと飲み物を先に頂いていた。
「瑠璃子ちゃんって、けっこう飲めるんだね」
隆は、陽子と一緒にラッコのデッキ上でセイルを片付けていたが、ようやくセイルも片付け終わったので、陽子のことを誘って、ラッコから降りると、パーティー会場に移動した。
「隆さん、ビールがあるよ」
陽子は、ドラム缶の中で冷えている缶ビールを手に取った。
「残念だけど、俺は、帰りに車の運転があるから」
「そうだよね、帰りは東京まで運転だよね」
「陽子、飲めるんでしょう。飲んでいきなよ」
隆は、烏龍茶を手にしていた。陽子は、隆に言われて、自分1人だけ缶ビールを頂いていた。
「あら、また今回の入金も、ゆみちゃんなの」
経理担当は、銀行口座の入金額を確認して驚いていた。
「ここのところ、ゆみちゃん担当からの入金が多くない」
「今月は80万目標達成しなければならないものな」
営業部長は、ゆみの売上げに満足そうに頷いた。
「ほかの皆も、彼女を見習って頑張らないとな」
部長は、本来の営業担当者たちにハッパをかけていた。
「え、ハイエースが欲しいのね」
そんなゆみは、もう別のウガンダ人海外バイヤーと次の商談を進めていた。
「見た目は、そのぐらいでも良いんだけど」
ミャンマーの海外バイヤーは、ゆみに返事した。
「だって、俺はペンキ塗りはいろいろ得意だからね」
「そうなのね、だけどこのぐらいのは見た目だけでなくエンジンとか色々」
「そうか、それはそうだよね」
海外バイヤーも、ゆみの意見に同調した。
そして、その数日後にミャンマーより横浜の貿易会社宛に165万の送金があった。
「でも、もう少しだけ安くならないか」
「そうね。それじゃ165万でどうかな」
1日考える時間を作ってから、海外バイヤー宛にメールで返信した。
「やっぱり、そのぐらいは掛かってしまうんだね」
「うん、本当は、こんな魚を運ぶトラックもあるんだけど」
ゆみは、古くてあっちこっちかなり傷んでいる活魚トラックの写真を送った。
「でも、これはお勧めしない。だって、絶対に壊れるもの」
ヨットレースに参加した男性クルーたちは、マリーナ敷地の中央にドラム缶を転がして持ってきて、その中に薪をくべて火を起こす。女性クルーたちは、クラブハウスから紙皿や紙コップ、飲み物に食べるものを準備して、薪の上に鉄板を配置して、その上で焼きそばを焼くのが定番となっていた。
薪をくべたドラム缶以外の空きドラム缶には氷水が入れられて、缶ジュースや缶ビールなどが冷やされていた。パーティー参加者たちは、そこから冷たい飲み物を取って味わっていた。
「もうパーティー始まっているな。俺たちも飲みに行こう」
隆が保管している横浜のマリーナでは、春から秋にかけて艇を保管している会員同士の交流を兼ねて、毎月、月一でマリーナに保管しているヨット同士でのクラブレースを開催していた。
毎年、春からシリーズレースとして第1戦から第6戦まで開催されて、年末に開催される横浜のマリーナのクリスマスパーティーで総合優勝艇として表彰していた。
クラブレースの開催された日には、春の第1戦と夏のレース、秋の最終戦だけは、レースが終わった後に、マリーナ敷地内でバーベキューを準備して、ヨットレース参加者たちが集まりパーティーを開いていた。
「魚が描かれたトラックを友達に送っておいたよ」
ミャンマーの海外バイヤーからメールが届いた日の午後、友達からもメールが来た。
「これって、いくらぐらいで買えるんだ」
「そうね、170万かな」
「少し高くないか」
お友達は、ゆみに言った。
「だって、日本にだってそんなに多くある車じゃないからね」
「お魚さんを運ぶ車」
ゆみは、中古車オークション会場のサイトにログインして、少し調べてみる。
「あ、そんなに数は無いけど、確かに何台かあるわ」
ゆみは、タンク車を送ってあげたミャンマーの海外バイヤーにメールを書いていた。彼の友達が、日本から届いたタンク車を見て、日本に魚を運ぶ車もあるならば買いたいと言われたのだそうだ。
魚を運ぶ車とは、活魚を出す料理屋さんの前に、たまに停まっていたりする荷台部分に大きな水槽が付いていて、中で魚が泳いでいるトラックのことだ。
「ミャンマーの人がタンク車届いたって」
ゆみは、ミャンマーからの返信を読んでシャランに伝えた。
「そうなんだ、良かったわね」
ミャンマーの海外バイヤーは、ゆみから届いたタンク車を大変気に入ってくれたそうで、自宅の家の前の道に停まっている大きなタンク車の写真を送ってくれた。
「道に停めているのね」
「駐車場じゃなくても良いのね、畑だらけの真ん中だし」
ゆみは、送られてきた写真を見ながらシャランと話していた。
「ただいま」
玄関で鍵を開ける音がして、隆が会社から帰ってきた。
「隆、帰ってきたの?」
由香は、ゆみとLINEで話していた。
「由香、またゆみと話していたんだ」
「毎日、お話しているものね」
ゆみは、由香に頷いた。
「ゆみのお姉さんみたいだな」
「お姉ちゃんじゃなくてお母さん」
ゆみが小声で呟いて、由香とにっこりウインクしていた。
「お昼にサンドウィッチしか食べていないから、少しお腹空いてきた」
「後で、クラブレース後のパーティーがあるから、そこで何か食べよう」
隆と陽子は、ラッコのセイルを片付けながら話していた。他のメンバーたちは、サンドウィッチを食べ終わった食器類を持って、マリーナのキッチンに行って、そこで洗い物をしていた。
「レースって、もっと大変なのかと思ったけど、楽しかったね」
「ウララじゃなくラッコに乗ってたから楽だったのかもね」
「あと、陽子ちゃんが全部やってくれちゃってたから」
「陽子ちゃんは優秀よね」
麻美子も頷いた。
マリーナに戻ると、横浜のマリーナスタッフが上下架用の真っ白なクレーンで待っていてくれて、クラブレースを終えてマリーナに戻ってきたヨットたちを順番にクレーンで陸上に上げていた。
ラッコの順番がきて、ラッコの船体も横浜のマリーナスタッフたちの手により操作されてクレーンで陸上へ上げられた。
ラッコの船体は、自分たちの船台上にちょっこんと載せられた。
横浜のマリーナでは、ラッコのようにクレーンで陸上に上げられて、船台に載ってマリーナの敷地内で保管されているヨットやボートと、アクエリアスのように、すぐ近くの海面上に設置されているブイに船を舫って、海上で保管されているヨットやボートがあった。
「でも、あのままアクエリアスのことを見捨てずに、ちゃんと助けてあげられたのだから良かったじゃないの。アクエリアスは、隆がラッコに乗る前までずっとお世話になっていたヨットでしょう」
麻美子は、クラブレースで最後までゴールできなかったことよりも、失格してしまっても、アクエリアスのことを手助けできたことの方が満足そうだった。
「さあ、マリーナに戻ろうか」
ラッコは、横浜の自分たちが停めているマリーナへと戻っていった。
アクエリアスは、そのままスピンネーカーを下ろしてから、ジブセイルとメインセイルで黄色のブイまでセーリングしてからゴールラインを越えてクラブレースをゴールした。ゴールしたアクエリアスの後ろを追走していたラッコもゴールラインを越えた。
「結局、ラッコはアクエリアスよりも後だから最下位になってしまったね」
雪は、隆に言った。
「いや、ラッコは最下位でもないよ。途中からエンジンを掛けているから未ゴールの失格だよ」
「陽子、一緒にアクエリアスに乗り移って手伝って」
隆は、陽子と一緒にアクエリアス側に乗り移ると、アクエリアスのクルーからジブとスピンのシートを受け取って、陽子と一緒にシートを上手いこと操作しながら、セイルの絡みを解いてしまった。
アクエリアスのクルーが4、5人でシートを引いたり出したりしていても解けなかったセイルの絡みを、隆は陽子と2人だけでわずか数分で解いてしまっていた。
「これで大丈夫かな」
隆は、陽子と一緒にアクエリアスから自分たちのラッコに戻ると、ラッコはアクエリアスから離れた。
「エンジンをかけよう」
隆は、陽子に指示すると、陽子はパイロットハウスの中に入り、ラッコのエンジンを始動した。
エンジンが掛かると、隆は、ラッコのクルーたちに指示して舫いロープを準備させて、海上でアクエリアスに横付けした。舫いロープは、船同士を軽く舫うだけにして、クルーたちに船体同士が当たらないように抑えていてもらうと、自分が握っていたラッコのステアリングを麻美子に託した。
「麻美子、ラットを握っていて」
「大丈夫ですか?」
ラッコが、ゴールを諦めてアクエリアスの近くまで戻ってくると、隆は呼びかけた。
ラッコで、アクエリアスのすぐ真横を走りながら、ジブシートを緩めろとかスピンのシートを緩めろと隆は、アクエリアスの船のクルーに向かって指示を飛ばしていた。
隆が指示を飛ばして、その通りにアクエリアスのクルーたちはシートを操作しようとしているのだが、上手く絡まったセイルを解けずにいた。
「いっぱい貯まってしまっている」
「そうなのよ、ゆみちゃん持って帰ってよ」
経理担当は、マニュアル類の処分に困っていた。
「あ、これってうちの車」
ゆみが、書棚の中に自分の車のマニュアルを見つけた。
「じゃ、持って帰ったら」
「でも、同じマニュアルが車の中に入っているのよね」
ゆみは呟いた。
「そうよね、もう入っているわね」
「要らなければ、ここに置いておきなさい」
経理担当は、自分のデスクの後ろ側にある書棚を指差した。そこには、他にも多くの車のマニュアル類が整然と並んでいた。
「ここに置いておけばいいの」
ゆみは、自分のデスクの上にあったバスのマニュアルも棚に並べた。車を輸出するときは、車検証の書類を行政書士に依頼して、運輸局で輸出抹消証に変更してもらう。車検証は輸出抹消証に変わるが、マニュアル類はそのまま残るため、行政書士は手続きが終わった後で依頼主に返却するのだった。
「なあに、これ?」
ゆみがトイレからデスクに戻ると、机の上にバスのマニュアルが置かれていた。
「それ、ゆみちゃんのよ」
ゆみは、経理担当に言われた。
「私の?」
「なんかの時に使ったら」
「うちの車って、元お母さんの赤い小さなベンツなんだけど」
ゆみは、バスのマニュアルに困惑していた。