NY恋物語・第97話
「良明のお母さんのお料理は美味しいから、お弁当は食べた方がいいぞ」
「はい!」
良明は、ゆみには何も答えなかったが、隆には大きく頷いていた。
「学校の勉強は慣れてきたか?」
「ええ、まだ英語はよくわからないですが」
「宿題とかあったら、ゆみにやらせちゃえば良いからな」
「ありがとうございます」
良明は、隆とは普通に会話をしていた。
ニューヨーク生まれの今井ゆみが生まれてから7才まで暮らしたアメリカでの生活からイマジネーションしたニューヨーク物語です。
「良明のお母さんのお料理は美味しいから、お弁当は食べた方がいいぞ」
「はい!」
良明は、ゆみには何も答えなかったが、隆には大きく頷いていた。
「学校の勉強は慣れてきたか?」
「ええ、まだ英語はよくわからないですが」
「宿題とかあったら、ゆみにやらせちゃえば良いからな」
「ありがとうございます」
良明は、隆とは普通に会話をしていた。
「良明君、明日のランチタイムは一緒に食べよう」
ゆみが、向かい奥の良明に話しかけたが、良明は黙ったままだった。
「このほうれん草のお浸し美味しそうだな」
「隆くん、食べていいわよ」
「ありがとうございます、美味しいな」
隆は、良明のお弁当から一口頂いて呟いた。
「良明君、このお弁当は食べないともったいないぞ」
「ほら、良明のお弁当よ」
良明のお母さんは、良明のスクールバッグからお弁当を取り出すと、ゆみに見せた。
「あ、美味しそう」
良明のお弁当は、アメリカ的なサンドウィッチではなく、ジャパニーズスタイルのお米とおかずの入ったお弁当箱だった。
「あれ、今日は学校でランチタイム無かったのか」
まだ中身が残っている良明の弁当を見て、隆が不思議そうにしていた。
「良明は、学校でお弁当を食べてくれないのよ」
良明のお母さんは、良明の部屋へと走っていった。それを見た良明は、慌てたように、お母さんの後を追いかけて、自分の部屋へ急いだ。
「あ、あった」
良明が自分の部屋へ入ると、お母さんが既にいつも学校へ持っていているバッグを手にして、バッグの中身にお弁当箱があることを確認していた。
良明は、慌ててお母さんからバッグを取り返そうとしたが、お母さんは避けると、そのままバッグを持って、ダイニングに戻ってしまった。
「おばさん、学校のランチタイムでは皆、食堂でお弁当を持っていて食べるの。良明君にも、お弁当を作ってあげてほしいの」
ゆみは、学校のランチタイムに良明がお昼ごはんを何も食べていないことを思い出して、良明のお母さんにお願いした。
「おまえが言わなくても、そんなこと知っているよ」
隆が、ゆみに言った。
「ううん、ゆみちゃんの言う通り、食べていないのかもしれないわ」
「確かに、俺の作ろハンバーグの味だよな」
隆は、ゆみに答えながら、まだゆみが小さかった頃、ニューヨークで、自分1人でゆみを育てていこうと決意した時のことを思い出していた。その頃、岡島さんにハンバーグとかの作り方を教わっていたのだった。
「俺は、このハンバーグで俺らのお母さんの味を思い出すな」
「そうかもしれないわね」
良明のお母さんは、隆に言った。このハンバーグは、大学時代によく隆のお母さんと一緒にキャンプとかで作っていたハンバーグだった。
「ごはんですよ」
良明のお母さんが呼びにきた。
「はーい」
皆は、ダイニングに集まった。ダイニングテーブルには、ハンバーグの夕食ができていた。
「いただきまーす」
ゆみは、良明のお母さんが作ったハンバーグを一口食べて、お兄ちゃんが作るハンバーグと同じ味がすることに気づいた。
「お兄ちゃんのハンバーグみたい」
「お兄ちゃん、いい加減にしなよ」
良明の部屋に、美香もやって来ると良明に声をかけた。
「ゆみちゃんが同じクラスメートだからって、お兄ちゃんに話しかけているのに、ゆみちゃんに返事ぐらいすればいいじゃん」
美香は、良明のことを怒っていた。
「お兄ちゃんが返事しないなら、私がゆみちゃんと同じクラスになるからね」
美香は、ゆみと同じクラスの良明が羨ましそうだった。
「良明君も野球やるの?」
ゆみは、ベッドの脇に置かれているグローブとバットを見つけて、良明に聞いたが、良明は何も答えてくれずに、ベッドに腰かけた。
「良明君は、いつもここで1人で寝ているの?」
ゆみも、良明の横に腰掛けると、良明に話しかけた。
「私はね、いつもお兄ちゃんと一緒の部屋で寝ているんだよ」
ゆみが良明に言った。
「さっきのおじさんが、私のお兄ちゃんなの」
ゆみは、良明に説明した。
ヒデキと椎名が帰って、1人になった良明は自分の部屋へ向かった。
「あ、良明くん」
それを見て、美香たちとの話を中断して、ゆみは良明の後を追っかけた。
「ヒデキ君たち帰っちゃったね、一緒に遊ぼう」
ゆみが声をかけたのに、良明は黙ったまま何も言わなかった。
「野球のペナントすごいいっぱいね」
ゆみも、良明の後を追っかけて部屋に入った。
「それじゃ、俺らもそろそろ」
「え、隆くんはまだ良いじゃないの、夕食も作っているのよ」
良明のお母さんは、隆に言った。
「ね、せっかくゆみちゃんにも会えたんだし」
良明のお母さんに言われて、夕食もご馳走になることになった。
「昨日のシチューがまだ残っているよ」
「それは明日にしよう」
隆は、ゆみに言った。
,隆は、自分の妹の方を見たが、良明のお母さんとの会話がゆみの日本語能力には少し難しすぎたようで、よく話の内容を理解できないでいた。
「後で、家に帰ったら教えてやるな」
隆は、その場での説明を避けた。良明のお母さんも、夕食の準備のため、キッチンに行ってしまったので、話はそれっきりになった。
「そろそろ、俺らは帰るわ」
「今日はありがとうね、また遊びにきてね」
良明のお母さんも、2人をお見送りした。
「良明君の声って初めて聞いた」
ゆみは、兄の隆に言った。
「そんなわけはないだろう」
「ううん、そうなのかもしれないわ」
良明のお母さんは、隆に良明は日本で通っていた学校の頃から学校では何も話さない極度の人見知りになってしまうことを告白した。
「そうなんですか」
「ええ、きっと同じクラスになってしまったゆみちゃんには、大変なご迷惑を掛けてしまっていたのでしょうね」
ゆみは、隆に連れられて美香たちのいるリビングのソファへ来ると、美香たちとお喋りをしていた。
「よし、蹴り返せ!」
「良明、野球だけじゃなくサッカーも上手いな」
ヒデキたちは、良明とサッカーゲームをしていた。今まで、ゆみと一緒にいる時は、何も話してくれなかった良明が、ヒデキと椎名の3人だけになったら、大きな声でお喋りをしていた。
「良明君って日本語も話せるのね」
ゆみは、良明が話している姿を見て、隆に話していた。
「何、ゆみは良明に蹴らせてもらえないのか」
隆がやって来て、ゆみと良明のじゃれ合いを笑っていた。
「そうなの、良明君ひどいの」
「おまえがトロいからだろう」
隆は、ゆみに言った。
「ゆみ、サッカーは良明に任せて、おまえはちょっとこっちに来いよ」
隆は、ゆみの腕を引いて、リビングの美香たちがいる方へ連れてきた。
「ボールが来たら、この棒を回してお人形で蹴るのよね」
ゆみは良明に返事して、自分の方に飛んで来たボールを蹴ろうとしたが、その前に良明が、ゆみの持っていたお人形の操作棒を取り上げて、ゆみの代わりにボールを打ち返されてしまった。
「あ、良明君ひどい!私が蹴ろうと思ってたのに」
ゆみが良明に苦笑していた。その後も、ゆみの方に飛んで来たボールは、わざとゆみより先に良明がボールを蹴り返してしまっていた。
「もう、良明君ひどい!」
ゆみは、良明の肩をポンと叩きながら、笑顔で文句を言っていた。
「良明、そっちのチームな。俺と椎名で一緒のチーム」
ヒデキは、良明に言った。リビングの片隅に置いてあった良明のサッカーゲームで遊んでいた。ボードの上にサッカー選手の人形がいて、それをクルクル回してサッカーができるゲームだった。
「良明君と私がチームになる」
アスター先生チームとヒデキたちロールパン先生チームのクラス対抗になった。
「ゆみちゃん、お兄ちゃんとばかり遊んでる」
美香は、ゆみが良明やヒデキたちとばかり、サッカーのボードゲームしているのを眺めて、裏やまっそうにしていた。
「ごめんな、俺が同い年だから一緒のクラスになれるとか期待させちゃったものな」
「ううん、隆お兄さんのせいじゃないよ」
美香は、隆に言った。
「今度、女の子たちだけで、うちに遊びに来るか」
「うん!」
美香たち3姉妹が大きく頷いた。
「私の部屋にも見に来てよ」
「え、ううん、大丈夫」
美香は、ゆみの手を引いて、自分の部屋へ案内した。
「うわ、かわいい部屋!」
野球好きの良明の部屋と違って、ぬいぐるみとお人形がいっぱいな部屋だった。
「さすが、女の子3人の部屋だな」
一緒について来た隆が、美香に言った。
「隆お兄さんはだめ、ここは女の子の部屋」
「そうか、ごめんごめん」
「ゆみちゃん」
良明の部屋を見終わって、部屋から出ると、同い年ぐらいの女の子に声をかけられた。
「ゆみちゃんでしょう?隆お兄さんの妹の」
「うん」
「私は美香、良明の妹」
美香は、ゆみに挨拶した。
「本当は、私がゆみちゃんとクラスメートになりたかったんだ」
美香は、ゆみに言った。
「やっぱり、ゆみちゃんは頭のいい子だ」
良明のお母さんは、ゆみのことを背後から抱きしめながら、褒めてくれた。
「せっかく来たんだし、良明の部屋を案内してあげる」
良明のお母さんは、ゆみに会えたのが嬉しそうだった。
「うわ、すごい!」
良明の部屋の壁には、いっぱい野球のペナントが貼られていた。
「日本の野球チームのペナントじゃないか」
「日本にも野球チームがあるんだ」
ゆみは、隆に聞いた。
「おまえは、なんで良明君と一緒なんだ」
「私と良明君はクラスメートだもの」
「クラスメート?」
隆は、ゆみに聞き返した。
「あ、そうか!おまえの言うヨシュワキー君って良明君のことか」
隆は、ゆみが話していたことを思い出した。
「ゆみちゃんって、良明と同い年なの?」
「あ、ゆみは飛び級で学年を飛んでいるんですよ」
隆は、思い出したように、岡島さんに説明した。
「え、なんでわかったんですか」
ヒデキは、岡島さんに聞いた。
「わかるわよ。伊達に男の子1人に、女の子3人を育ててきていないから」
岡島さんは、ヒデキに答えた。
「でも、ゆみちゃんを連れて来てくれて嬉しかったわ」
良明のお母さんは、ヒデキに言った。
「最近、いつも隆君にしか会っていなかったし」
「はあ、すみません」
隆は、岡島さんに苦笑していた。
「あの、おばさん、ごめんなさい」
ゆみは、岡島さんに謝った。
「何のこと?」
「あのー」
「壊れてしまったバレッタのことかな」
「はい」
「あれでしょ、ヒデキ君に行けとか言われて、ここに来てしまったんでしょう」
「え、どうして?」
ヒデキが、岡島さんの顔を見た。
「それはね」
ゆみは、返事に困っていた。
「ね、隆君。彼女がゆみちゃん?」
「はい、そうです。妹のゆみです」
隆は、ゆみの頭を押してお辞儀させながら、岡島さんに妹を紹介した。
「ゆみちゃん!会いたかったのよ」
岡島さんは、ゆみのことをハグした。
「岡島さんは、おまえのことを小さい時、いろいろ面倒みてくれた命の恩人なんだぞ」
「ごめんなさい」
ゆみは、兄に謝った。だから、あんなバレッタ1個で、わざわざ来たくなかったのだ。兄に知られたら、ぜったいに怒られるとわかっていたのに。
「ゆみ、おまえは、こんなものが壊される度に、わざわざ学校の友達の家まで押しかけて、お友達のお母さんに言いつけているのか?」
「ううん、していないよ」
ゆみは、慌ててお兄ちゃんに返事した。
「じゃ、なんで今日は文句を言いに来たんだ」
「ゆみ、おまえ何をやっているの?」
「お兄ちゃん!」
奥の部屋から兄の隆が現れたので、ゆみは驚いていた。
「良明が、ゆみちゃんの髪留めを階段の上から落として壊してしまったんですよ」
ゆみの代わりに、ヒデキが隆に説明してから壊れたバレッタを手渡した。
「こんなものの文句を言うためにわざわざ来たのか」
隆は、ヒデキから受け取ったバレッタを自分のズボンのポケットにしまうと、ゆみに聞いた。
「ほら、言わなきゃ」
ヒデキは、話を中断したゆみを即した。
「壊れちゃって、学校の階段から落ちたら壊れてしまって」
ゆみは、良明のお母さんにうまく説明できないでいた。
「え、そこにいるのは、ゆみか?」
部屋の奥から、ゆみが日常いつも聞いている、聞き覚えのある声が聞こえた。
「ほら、ゆみちゃん」
ヒデキは、ゆみを良明のお母さんの前に立たせると、壊れたバレッタを持っているゆみの手を、おばさんの前に差し出させた。
「あら、可愛らしいお嬢さん。どうされたの?」
良明のお母さんは、ゆみに言った。
「なんか壊れちゃって」
ゆみは、途中まで話しかけて、話を中断した。
「こんにちは」
厳顔先には、良明のお母さんと思われる女性が立っていた。
「あら、ヒデキ君」
女性は、皆の中にヒデキの姿を発見して、声をかけた。
「こんにちは。なんか、彼女が話したいことあるらしいんです」
ヒデキは、愛想の良い言葉で、良明のお母さんに返事した。
「はーい」
ゆみは、ヒデキの方を見ると、首で早く答えろよって指図していた。
「あのー、私はヨシュワ、良明君のクラスメートなんですけど」
ゆみは、知る限りの丁寧な日本語でインターホンに返事した。
「良明のお友達?」
インターホンの女性が言うと、インターホンが切れた。しばらくすると、玄関の扉が中から開いた。
「押しなよ」
ヒデキは、ゆみに玄関のインターホンを指差した。
「私が?」
ゆみがヒデキに聞くと頷いた。良明を見ると、押さないでほしそうな気がした。
「やっぱりいいわ、私はうちに帰る」
「だめだよ」
ヒデキは、ゆみをインターホンの前に移動させると、ベルを押した。しばらくして、インターホンから女性の声がした。
エレベーターが14階に停まると、良明は降りて、右側の廊下を進み始めた。ゆみも、慌てて降りると、良明の後を追っかけて行く。
「どこに行くの?こっちだよ」
ヒデキは、ゆみたちに声をかけると、反対の左側の廊下を進み始めた。
「あっちだってよ」
ゆみは、良明の手を握ると、ヒデキたちの方向へ歩き出した。
「ここだよ」
ヒデキは、突き当りの部屋のドアの前で立ち止まった。
エレベーターは4階に停まって、野球のバットを持ったヒデキたちが乗ってきた。
「ヒデキ君」
「え、何してるの?」
「どこに行くかわからないみたい」
ゆみは、ヒデキに言った。
「14階だよ」
ヒデキは、14階のボタンを押した。
エレベーターは、14階へ向かって上がり始めた。
良明とゆみがエレベーターに乗ると、エレベーターの扉が閉じた。
「どこに行くの?」
ゆみは、良明に聞いた。良明は、エレベーターのボタンを押していないため、エレベーターはずっと18階に停止していた。
「どうするの?」
ゆみは、良明に聞いた。エレベーターは停止したままだったが、急に降り始めた。誰かが下の階からエレベーターを呼んだようだった。
ゆみも、必死で追いかけて行くと、18階の廊下へ出た。
「あんまり速く走らないで。私、迷子になちゃう」
ゆみは、泣きそうな顔で良明に頼んだ。良明は、廊下を進むとエレベーターの前へ移動した。
「どこに行くの?」
ゆみは、良明に聞いた。エレベーターが来ると、良明はまた乗りこんだ。
「また乗るの?」
ゆみも、エレベーターに乗った。
良明が左側の廊下を進み始めた。
「そっち?」
ゆみは、良明の後を追って行く。
「ここの家なの?」
ゆみは、突き当りのドアで立ち止まっている良明に聞いた。良明は、急にUターンすると、廊下を走り始めて、階段室の中へ入った。
「え、そっち?」
ゆみは、必死で良明について行く。良明は、階段室の階段を下って行くと、18階の廊下へ出た。
エレベーターの扉が閉じた。
「どうする?」
ゆみは、良明の方を見た。良明は、19階のボタンを押した。
「19階に住んでいるの?」
ゆみは、良明に聞いた。
「ね、到着したよ」
ゆみは、良明に言った。エレベーターは19階で停止していた。良明がエレベーターの扉が閉じる直前に降りた。ゆみも、慌ててエレベーターを降りた。
エレベーターが4階に到着した。
「それじゃ、頑張って良明のお母さんに言うんだよ」
ヒデキは、壊れたバレッタをゆみの手の中に握らせた。
「え、ヒデキ君たちは一緒に行かないの?」
ゆみは、ヒデキに聞いた。
「俺らは、野球するから行かないよ」
「ゆみちゃんは、絶対に行かないとだめだよ」
ヒデキが、ゆみに念押しして、降りていった。
「どうしよう?」
「ゆみちゃんってドア開けてもらえちゃうんだ」
「さすが、長く住んでいるだけあるな」
ヒデキと椎名が話していた。
「良明君の家に遊びに行ってみてもいい?」
ゆみは、良明と話していた。良明は首を横に振った。
「そうよね、だめよね」
ゆみは、少し残念そうに答えた。
「エレベーター来たよ」
ヒデキが、ゆみたちを呼んだ。
ゆみは、良明の手を引いて、乗り込んだ。
「椎名君の家ってこっちだった?」
3人は、同じアパートメントらしいが、椎名の家は反対方向だったはずだ。
「今日はヒデキの家に1回寄ってから、ヘンリーハドソンパークで野球する予定なんだ」
椎名は、ゆみに言った。
「ハロー」
ゆみは、自分家のアパートメントのエントランスに入ると、エントランスに立っていた黒人ドアマンが、ゆみの姿を見つけて、ドアを開けてくれた。
「とりあえず行こう」
ヒデキは、ゆみの壊れたバレッタを片手に歩き出した。他の3人もヒデキの後について行く。
「良明のお母さんに言いつけような」
ヒデキは、ゆみにそう命じていたが、ゆみ自身は、そんなことはしたくないと思っていた。でも、みな同じ会社に勤める保護者がいて、同じアパートメントに住んでいると聞いて、少しだけ良明君の家に遊びに行ってみたいという気持ちにはなっていた。
「一緒のアパートメントに住んでいるの?」
「良明のお母さんに言いに行きな」
「私、良明君の家知らないし」
ゆみは、ヒデキに言った。
「良明の家って、ゆみちゃんと同じアパートメントだよ」
「え、そうなの?」
ゆみは、ヒデキに聞き返した。
「そうだよ。俺らみな同じアパートメントだよ」
ヒデキのお父さんも、良明のお父さんも、ゆみの兄も同じ商事会社に勤めていた。
「良明が壊したよな」
ヒデキと椎名が言った。
ゆみは、ヒデキたちと同じ5年の同級生ではあるが、飛び級により本来の学年よりも3年上に進級していた。3歳年下なので2人に決めつけられてしまうと反論しづらくなってしまう。
「これは、良明のお母さんに言って、弁償してもらった方がいい」
「え、そんなことはしなくても」
「いや、ちゃんと言わないとダメだ」
「良明のやつが壊したな」
ヒデキが、ゆみに言った。
「別に、良明君が壊したわけじゃ」
「いや、良明が明らかに壊した」
ヒデキが決めつけていた。
「良明が壊したよな」
「まあ、良明が壊したといえば壊したかな」
椎名が、ヒデキに言った。
良明の手が、ゆみの髪に当た理、髪に付けていた猫のバレッタが階段の下へと落ちていった。
「あ、バレッタが落ちちゃった」
ヒデキが走って、階段の下へ行くと、ゆみのバレッタを拾い上げた。
「壊れちゃっているよ」
ヒデキは、バレッタをゆみに見せた。ゆみのバレッタは、半分に割れてしまっていて、髪どめの部分が本体から外れてしまっていた。
「これ、お兄ちゃんが買ってくれたばかりだったのに」
「日本人だし、日本語わかるし、手を離せよ」
ヒデキは、ゆみの手を良明から離すように言った。
「別に日本人でも仲良しだし、クラスメートだから手をつないでも良いでしょう」
「誤解するから、手を離せよ」
ヒデキは、ゆみの手を良明から離させようとした。
「え、ちょっと危ないったら」
ゆみと良明の手が離れた瞬間、良明の手が、ゆみの髪に触れた。
「私、中国語が話せないのよ」
「中国語?」
ヒデキは、ゆみから良明が中国人だと聞いて笑い出した。
「良明は日本人だよ」
「ヨシュワキー君って日本人なの?」
「ヨシュワキーじゃないよ、良明、岡島良明」
ヒデキは、良明の名前をゆみに伝えた。
「名前が日本人じゃないの」
ゆみは、ヒデキから聞いて驚いていた。
ゆみとヨシュワキーが廊下の階段を上がっていると、後ろから少年が2人、大声でお喋りしながら階段を駆け上がって、追い越していった。
「あれ、ゆみちゃん!」
少年たちは、階段の上から振り向いて、ゆみに声をかけた。ヒデキと椎名の2人だった。
「え、なんで、ゆみちゃんは良明と手をつないでいるの?」
ゆみに一方的に好意をよせているヒデキが聞いた。
「私たちクラスメートだもの」
ゆみは、良明とつないでいる手を仲良く振りながら答えた。
「なんで?」
「ミスタールビンのところに行こう」
ゆみは、ヨシュワキーの手を引いて、ミスタールビンの教室に移動した。
「今日は、ミスタールビンも風邪でお休み」
ミスタールビンのアシスタント先生が、ゆみに伝えた。
「どうする、ヨシュワキー君も帰ろうか」
ゆみは、ヨシュワキーに言った。
「行くよ!」
ゆみは、ヨシュワキーの手を引いて、階段を上がっていった。
「今日の5年生の午後の授業はありません、お休みになりました」
アスター先生が、皆のテーブルを周って、クラスの皆に伝えていた。
「ミスタールビンのクラスはあると思うから、ゆみはヨシュワキーを連れて行ったら、その後は家に帰っていいわ」
アスター先生は、ゆみに言った。
「それじゃ、私たちは先に帰ろうかな」
チェッカーをしている2人に伝えた。
ランチタイムだった。
相変わらず、ヨシュワキーは、お弁当を持って来ていないのか、ランチタイムでも何も食べずに、ゆみの横に腰掛けているだけだった。
「マイケル、チェッカーやろうか」
食事を食べ終わって、シャロルはマイケルとボードゲームのチェッカーをやり始めていた。ゆみは、食事の後、自分の髪につけている猫のバレッタをいじりながら2人が遊んでいるチェッカーを眺めていた。
そして、それからは、ゆみの言葉がヨシュワキーに伝わらなくても、ゆみがヨシュワキーの手を引いて、手話のように指図していても、クラスの誰も笑わなくなった。
「でも、変よね」
ゆみは、ヨシュワキーがチャイニーズとわかった後も、月曜と木曜の午後は、いつもミスタールビンのところに彼を連れていっていたのであった。ミスタールビンは、日本語で英語を教える先生なんだけどな。
「ああ、チャイニーズね」
シャロルは、隆の話をゆみから聞いて、納得していた。
「アスター先生、ヨシュワキーはチャイニーズなんです」
マイケルも、アスター先生にジャパニーズでなくチャイニーズであることを説明してくれた。アスター先生は、チャイニーズだったかしらと少し疑問に感じたが、彼女自身もジャパニーズとチャイニーズはよく似ていて違いがよくわからないので、マイケルに返答出来ずじまいだった。
「チャイニーズでも良いじゃない、ヨシュワキーと仲良くしてあげなさい」
「そうか!中国人だったのね!」
ゆみは、隆に聞いて、なるほどと思った。
「確かに、おまえの日本語は下手だけど、日本人なら通じないってことはないよ」
「そうか、そうよね!そういうことだったのね」
ゆみは、隆の見解に納得した。
「明日、シャロルにも話してみる」
ゆみは、マイケルに自分の日本語が下手と言われたのは悔しかった。
「彼は、チャイニーズだったのよ」
「ヨシュワキー君っていうの、私の隣の席になったんだけど」
ゆみは、隆に学校であったことを話していた。
「私、もっとお兄ちゃんと日本語で話して、日本語をちゃんと勉強しておけばよかった」
「ぜんぜん通じなかったのか」
隆は、ゆみの日本語がぜんぜん通じなかったことを聞いて、思わず吹き出してしまっていた。
「でも、ヨシュワキーって名前からして、日本人ではなく中国人なのかもしれないな」
「お兄ちゃん、うちのクラスに日本人の新入生が来たのよ」
ゆみは、夕食の時、隆に話していた。
「おう、だから、お兄ちゃんが言っただろう」
「え、新入生って女の子じゃないよ。男の子だよ」
「そうなのか」
「ヨシュワキー君って男の子なの」
ゆみは、隆に伝えた。
「ゆみちゃん!」
ミスタールビンに良明をお願いして、クラスに戻ろうと歩き出したゆみは、教室の後ろの方から呼び止められた。
「あら、こんにちは」
ゆみは、ヒデキに挨拶した。ヒデキも、ミスタールビンの英語授業を受けていた。
「どうしたの?ゆみちゃんもミスタールビンの授業受けるの?」
「受けないわよ。うちのクラスの子と来ただけ」
「ゆみ、久しぶりじゃないか」
ミスタールビンは、ゆみに日本語で言った。ミスタールビンは、大学で日本語を勉強していて、日本人と同じぐらい上手に、きれいな日本語を話せる先生だった。
「うちのクラスのヨシュワキー君です」
ゆみは、ミスタールビンに紹介した。ここPS24小学校では、日本から来たばかりの日本人生徒たちを集めて、ミスタールビンが英語の授業を行なっていた。
「私たち、先に行っているね」
シャロルは、ゆみに言った。ゆみたちの午後の授業は音楽だった。ゆみは、良明をミスタールビンのところに連れて行かなければならないので、シャロルは、先に音楽室に向かった。
「これからミスタールビンのところに行くの」
ゆみは、良明に説明した。
「ミスタールビンは、私よりも日本語がすごく上手だから、話しやすいと思うよ」
ゆみは、良明に伝えた。