中古車輸出・第100話
「ユミ、この写真を見てよ」
ウガンダ人海外バイヤーは、ゆみにウガンダの首都であるカンパラの街の写真を送って来た。土を踏み固めただけの広場にたくさんのハイエース、コミューターが停車していた。
「皆、ケニアのモンバサ港から乗って来たお客さんたちだ」
ケニアの港や空港からウガンダに遊びに来る観光客たちを乗せている乗合タクシーなのだそうだ。
「そんな運転手さんをやりたいのね」
「そう、そうなんだ」
ゆみは、ウガンダ人海外バイヤーにハイエースを見積もった。
中古車輸出業の実務講座は、今井ゆみが学生から社会人になって初めて就職した横浜の貿易会社で経験した日本から世界へ中古車を輸出する中古車輸出業務の仕事を脚色した中古車輸出物語です。
「ユミ、この写真を見てよ」
ウガンダ人海外バイヤーは、ゆみにウガンダの首都であるカンパラの街の写真を送って来た。土を踏み固めただけの広場にたくさんのハイエース、コミューターが停車していた。
「皆、ケニアのモンバサ港から乗って来たお客さんたちだ」
ケニアの港や空港からウガンダに遊びに来る観光客たちを乗せている乗合タクシーなのだそうだ。
「そんな運転手さんをやりたいのね」
「そう、そうなんだ」
ゆみは、ウガンダ人海外バイヤーにハイエースを見積もった。
「どうせ、またハイエースといってもコミューターの方よね」
ゆみは、アフリカでハイエースなので察していた。
「屋根も高いやつじゃないとだめなんでしょう」
ゆみは、中古車オークション会場のサイトにログインすると、ハイエースしかもコミューター、さらには天井が高くなっているハイエース、天井辺りには小窓も付いているのを探した。
「こんな感じのが欲しいのでしょう?」
ゆみが、海外バイヤー宛に送ると、
「そう、それそれ!」
案の定、ウガンダ人海外バイヤーから早速返事が来た。
「あら、また今回の入金も、ゆみちゃんなの」
経理担当は、銀行口座の入金額を確認して驚いていた。
「ここのところ、ゆみちゃん担当からの入金が多くない」
「今月は80万目標達成しなければならないものな」
営業部長は、ゆみの売上げに満足そうに頷いた。
「ほかの皆も、彼女を見習って頑張らないとな」
部長は、本来の営業担当者たちにハッパをかけていた。
「え、ハイエースが欲しいのね」
そんなゆみは、もう別のウガンダ人海外バイヤーと次の商談を進めていた。
「見た目は、そのぐらいでも良いんだけど」
ミャンマーの海外バイヤーは、ゆみに返事した。
「だって、俺はペンキ塗りはいろいろ得意だからね」
「そうなのね、だけどこのぐらいのは見た目だけでなくエンジンとか色々」
「そうか、それはそうだよね」
海外バイヤーも、ゆみの意見に同調した。
そして、その数日後にミャンマーより横浜の貿易会社宛に165万の送金があった。
「でも、もう少しだけ安くならないか」
「そうね。それじゃ165万でどうかな」
1日考える時間を作ってから、海外バイヤー宛にメールで返信した。
「やっぱり、そのぐらいは掛かってしまうんだね」
「うん、本当は、こんな魚を運ぶトラックもあるんだけど」
ゆみは、古くてあっちこっちかなり傷んでいる活魚トラックの写真を送った。
「でも、これはお勧めしない。だって、絶対に壊れるもの」
「魚が描かれたトラックを友達に送っておいたよ」
ミャンマーの海外バイヤーからメールが届いた日の午後、友達からもメールが来た。
「これって、いくらぐらいで買えるんだ」
「そうね、170万かな」
「少し高くないか」
お友達は、ゆみに言った。
「だって、日本にだってそんなに多くある車じゃないからね」
「お魚さんを運ぶ車」
ゆみは、中古車オークション会場のサイトにログインして、少し調べてみる。
「あ、そんなに数は無いけど、確かに何台かあるわ」
ゆみは、タンク車を送ってあげたミャンマーの海外バイヤーにメールを書いていた。彼の友達が、日本から届いたタンク車を見て、日本に魚を運ぶ車もあるならば買いたいと言われたのだそうだ。
魚を運ぶ車とは、活魚を出す料理屋さんの前に、たまに停まっていたりする荷台部分に大きな水槽が付いていて、中で魚が泳いでいるトラックのことだ。
「ミャンマーの人がタンク車届いたって」
ゆみは、ミャンマーからの返信を読んでシャランに伝えた。
「そうなんだ、良かったわね」
ミャンマーの海外バイヤーは、ゆみから届いたタンク車を大変気に入ってくれたそうで、自宅の家の前の道に停まっている大きなタンク車の写真を送ってくれた。
「道に停めているのね」
「駐車場じゃなくても良いのね、畑だらけの真ん中だし」
ゆみは、送られてきた写真を見ながらシャランと話していた。
「いっぱい貯まってしまっている」
「そうなのよ、ゆみちゃん持って帰ってよ」
経理担当は、マニュアル類の処分に困っていた。
「あ、これってうちの車」
ゆみが、書棚の中に自分の車のマニュアルを見つけた。
「じゃ、持って帰ったら」
「でも、同じマニュアルが車の中に入っているのよね」
ゆみは呟いた。
「そうよね、もう入っているわね」
「要らなければ、ここに置いておきなさい」
経理担当は、自分のデスクの後ろ側にある書棚を指差した。そこには、他にも多くの車のマニュアル類が整然と並んでいた。
「ここに置いておけばいいの」
ゆみは、自分のデスクの上にあったバスのマニュアルも棚に並べた。車を輸出するときは、車検証の書類を行政書士に依頼して、運輸局で輸出抹消証に変更してもらう。車検証は輸出抹消証に変わるが、マニュアル類はそのまま残るため、行政書士は手続きが終わった後で依頼主に返却するのだった。
「なあに、これ?」
ゆみがトイレからデスクに戻ると、机の上にバスのマニュアルが置かれていた。
「それ、ゆみちゃんのよ」
ゆみは、経理担当に言われた。
「私の?」
「なんかの時に使ったら」
「うちの車って、元お母さんの赤い小さなベンツなんだけど」
ゆみは、バスのマニュアルに困惑していた。
「どうだったの、ちゃんとバスの写真は撮れたの?」
ゆみが会社に戻ると、皆が心配してくれた。
「大丈夫、ちゃんとバスの写真いっぱい撮れたわ」
ゆみは、シャランたちに答えた。
「道は迷わなかった?」
「カーナビがまた迷ったわ」
「カーナビじゃなくて、ゆみちゃんが迷ったんでしょう」
シャランは、ゆみに言った。
「私は、バスの屋根ですぐわかったの」
「あの、私の落札したバスの写真を撮りに来たのですけど」
ゆみは、車を入り口の駐車場に停めて、守衛さんに聞いた。
「ああ、どうぞ」
ゆみは、バスの側まで行くと、前後左右と何枚も写真を撮ってから、車内に入った。運転手さんの席や乗客の席、後方に付いていたトイレの中、収納棚などありとあらゆる場所を撮った。
「あなたが落札したの?」
「はい。アフリカのマラウィって国の人が購入したんです」
「へえ、あなたがアフリカまで届けてあげるんだ」
守衛のおじさんは、ゆみのことを頻りに褒めて、感心してくれた。
「あ、あった!」
ゆみは、自分が落札したバスの青い屋根を見つけて興奮していた。
昨日、新潟から横浜の埠頭に陸送されてきたばかりのバスだった。今朝、カーナビに埠頭にある保税地域の住所を入力してきたのだが、案の定、道に迷ってしまったゆみだった。
「カーナビさん、ここどこなの?」
カーナビさんもわからない、最終的に保税地域の塀の上から出ていたバスの屋根で見つけたのだった。
「そうよ、自分の車を持ってるのゆみちゃんだけなんだし」
シャランも社長に同意した。
「大黒ふ頭のところだから、東京からくる途中ぐらいの場所よ」
経理担当が、ゆみにバスが届く場所を説明してくれた。
「カーナビ付いているんでしょう?」
「カーナビあるけど、私ってすぐ迷うの」
ゆみは、シャランに言った。
社長も車を持っていないし、会社で車を持っているのは、東京から通っているゆみ1人だけだった。
「撮ってきたい車はどこにあるんだ?」
社長が、ゆみに聞いた。
「いま新潟から横浜港へ陸送しているところ」
ゆみの代わりに、経理担当が社長に答えた。
「そしたら、横浜港に着いたら、おまえが行って写真を撮ってくればいい」
「私が行くの?」
「そうだよ。おまえは車で通勤してるんだろう。通勤前に寄ってくればいい」
社長は、ゆみに言った。
「そんなの無理」
ゆみは、シャランに断られてしまった。
「でも、せっかく買ったばかりのバスだしきっと早く見たいのよ」
「そう言われても、無理なものは無理だから」
ゆみは、シャランに言われてしまった。
「なんて言って断ろう」
ゆみは、アフリカの海外バイヤーの気持ちを考えて困惑してしまった。
「彼にとっては大金投じて買ったバスだろうし」
「ゆみちゃん、横浜まで陸送してちょうだい」
ゆみは、経理担当に指示されて、新潟で落札した中古バスを横浜港まで陸送するように手配した。小さな自家用車だとカーキャリアーに積んで陸送されるのだったが、大型のバスなどではカーキャリアーには乗っからないので、自走して運ばれてくることとなった。
「運転手さんに、バスの写真を撮ってもらえるように頼めるかな?」
ゆみは、シャランに質問した。アフリカの海外バイヤーが自分のバスの写真を撮ってメールで送ってほしいと言うのだ。
「小さいオークション会場の方が安く落札できたりするのよね」
ゆみは、経理担当の伊馬さんが以前話していたことを思い出した。
「小さいオークション会場か」
ゆみは、中古車オークション会場のサイトで地域別に検索してみると、大阪にHAA神戸という会場を見つけた。
「ここの会場なんか、掘り出し物がわりと見つかりそうな感じの会場ね」
ゆみは、HAA神戸の車をいろいろ確認して回ったが、結局そこでは入札せずに新潟の小さなオークション会場にあった古い中古バスを落札したのだった。
「ゆみちゃん、90万の入金待っているんじゃないの?」
ゆみは、朝出社すると、経理担当に声をかけられた。
「あ、アフリカのバスの運転手さん」
ゆみは、経理担当に返事した。
ゆみは、中古車オークション会場のサイトとにらめっこしていた。今回、なかなか低めの金額で見積もってしまったため、利益をわずかでも取ろうと思うと、なかなか入札できるバスが見つからないでいた。
「なんか難しいな。もしバス見つからなかったらどうしよう」
ゆみは、せっかく入金してもらったけど返金するしかないのかなと考えていた。
「ゆみ、このバスは、いいじゃんいいじゃん」
ゆみが中古車オークション会場で探し出したバスの写真を送ってやると、マラウィの海外バイヤーからすぐに返事が返ってきた。
「このバスを、プロフォーマインボイスの値段で買えるのか?」
「うん、なんとか大丈夫よ」
ゆみは、海外バイヤーに返事した。
ゆみが送ってあげたバスは、日野の28人乗りで、折りたたみの補助席も付いたバスだった。
「うーん、このバスならどうかな」
ゆみは、中古車オークション会場のサイトで、古いバスとにらめっこしていた。
「もう少し安いのないかな?」
ゆみは、自分が見積もった金額で、会社が赤字になってしまうのは嫌だった。計算間違いしてあると思っていた利益が無くなってしまうのは、もっと嫌だった。
だから、いつも少し見積額高いかなと思っても、多めに金額を上乗せしてプロフォーマインボイスを書いていた。でも、今回の海外バイヤーはシビアに見積もるしかなさそうだった。
「そうか、バスの運転手さんになりたいのね」
ゆみは、海外バイヤーとメールのやり取りをしていた。相手は、マラウィに住むアフリカ人で、マラウィの村からザンビアの町へ通勤する人たちが大勢いるのだが、彼らを町まで運ぶバスの数が少ないのだそうだ。それで、バスの運転手になりたいらしかった。
「ハイエースに18人乗れるバスがあるのよ」
「それでは、村の皆全員を乗せられない」
彼は、ゆみに相談していた。
「少し古いバスになっても良いかな?」
「古くても良い、この予算で買えるのないだろうか」
「なるほど、この本は読みやすいですね」
イアンは、社長に言われて、社長が著者の会社で発売している中古車輸出業の教本を読んでいた。中古車輸出に興味のある方へ販売している教本だったが、会社に新人が入社した時の新人教育用の教本としても使っていた。
「どうだ、できそうか?」
「はい、この教本読みながらやれば、簡単にできそうです」
社長は、自分が書いた教本がわかりやすいと言われて、嬉しそうだった。
ゆみが働いている横浜の貿易会社は、人の出入りが激しい会社で、ウガンダの人が入社し退社したり、オーストラリアの人が入社し退社したりと、人の入れ替わりが多い会社だった。
「私、いまグルジアの人と話してるから、その海外バイヤーあげる」
「いや、それは、ゆみの海外バイヤーなんだから、ゆみがやれ」
イアンにロシア系の海外バイヤーを分けてあげようとしたら、社長と部長に断られた。
「ゆみちゃん、グルジアのバイヤーサボろうとしたね」
「だって、私は営業じゃないし」
「だめよ、バレバレなんだからサボりは」
シャランに言われてしまったゆみだった。
「今日から一緒に働くイアン君だ」
「よろしくお願いします」
白人の男性は、流暢な日本語で会社の皆に挨拶した。ロシア系のカザフスタンから来た青年だった。
「ゆみちゃん、良かったね」
「え、そんなわけじゃないよ」
ゆみは、シャランに苦笑した。カザフスタンやウズベキスタンとかスタンが最後につく国名は、ロシア、旧ソビエト連邦から独立した国々に多い名前だ。
「はーい」
会社出入り口に一番近くの席のゆみが、来客者の対応していた。
「面接に来ました」
「ありがとうございます、どうぞこちらへ」
ゆみは、背の高い白人を社長室へと案内した。
「ね、すごいかっこ良い人だと思わない」
「そうかな、私のタイプじゃないかな」
みなと横浜の、車の海外輸出をしている貿易会社だけあって、海外の人たちの応募が多かった。
「あと、アフリカのランドクルーザーも落札するんでしょう」
シャランは、ゆみに聞いた。
「うん、海外バイヤーにどの車にするか聞いているところ」
「そうか、入札するのはその後か」
「うん」
ゆみは、シャランに答えた。
「すみません、面接に来ました」
会社の入り口に背の高い白人が立っていた。
「そうか、福岡の会場で落札したから福岡の港に陸送するのね」
ゆみは、シャランに頷いた。
「うん、大阪会場なら大阪港、名古屋会場なら名古屋港みたいに」
「なるほどね、北海道なら北海道港、沖縄会場なら沖縄港ね」
「北海道とか沖縄だと船が直接出ていなかったりするから東北とか九州まで持ってくることもあるのよ」
「あ、船が出航しない港もあるのか」
「そう、新潟会場なんかも横浜港まで陸送したりするわ」
「なるほど、落札した会場と輸出先の国への船が出航する港と合わせて、陸送する港は考えるのね」
「シャラン、これで大丈夫よね」
ゆみは、初めて書いた陸送申込書の内容をシャランに見せた。
「うん、大丈夫じゃない。え、待って」
シャランは、経理担当の方に振り返った。
「伊馬さん、船は横浜から出すんですか?」
「ううん、福岡港よ」
「ですよね。だったら横浜港でなく福岡港に陸送しなきゃ。福岡で落札した車は、福岡の1番近い港から出す方が経費も効率も良いのよ」
「落札するの早くない?」
「本当に落札さrているわ。福岡のローカルなオークション会場ね」
経理担当は、オークション会場からファックスされてきた落札通知の用紙を、シャランの方に見せながら答えた。ゆみには、陸送用の申込書を手渡した。
「今回、福岡から出すからアトラスさんに依頼するから、船のブッキングはこちらでやるわ。だから、オークション会場から港までの陸送を依頼してちょうだい」
ゆみは、経理担当に命じられた。
「ゆみちゃん、またオークション会場で落札しなきゃ」
「うん、ミキサー車はいっぱい扱っているところ見つけたの」
ゆみは、シャランに答えた。
「じゃ、いまオークション用パソコン空いているからやってきな」
シャランに言われて、ゆみはオークション用に使っているパソコンのところに移動すると、そこでミャンマー向けのミキサー車を落札して戻ってきた。
「え、もう落札したの?」
「うん」
ゆみは、シャランに頷いた。
「モーリシャスなら180万なんだけど」
「ゆみちゃんじゃないの!」
シャランが、ゆみに言った。
「また入金あったのか、なんか海外バイヤーとのやり取りにすっかり慣れてきたんじゃないか」
社長が、ゆみに言った。
「うん、なんか最近は、海外バイヤーも皆、割とすぐお返事くれるの」
「そうか、返事の書き方に慣れてきた証拠だな」
社長は、ゆみの進歩に満足そうだった。
「180万の入金待っている人いないの?」
経理担当が、再度みなに聞いた。
「さあ、知らない」
誰も心当たりのある営業担当はいなかった。
「ね、ゆみちゃんじゃないの?」
シャランが、ゆみに聞いた。ゆみは、首を横に振った。
「もう1回確認してみな」
「あ、私かな?モーリシャスの人かな?」
ゆみが、シャランに答えた。
「後ね、シャランか誰かで入金を待っている人いない?」
経理担当は、営業担当全員に聞いた。
「いや、今のところは誰も待っていないかな」
「私も、モルジブからはまだもう少し入金までに掛かるかな」
「70万ですかね?」
それぞれ営業担当者たちが経理に返事した。
「70万ではないわね、180万よ」
経理担当が答えた。
「ゆみちゃん、入金あったわよ」
朝、ゆみが会社に出社すると、経理担当から報告があった。
「220万の入金。ゆみちゃんでしょう?」
「そうかもしれない、ミャンマーの人よね」
ゆみは、経理担当に答えた。
「ずいぶん高いけど、これはなんの車なの?」
「ミキサー車」
ゆみは、経理担当に答えた。
「モーリシャスってきれいな島ね」
ゆみは、ネットでモーリシャスを確認して言った。
「世界のリゾートアイランドなのね、行ってみたいな。っていうか、マダガスカルも大きな島なのね、私ずっとマダガスカルってアフリカ大陸の中にある国なのかと思っていた」
ゆみが、パソコンで地図を確認しながら、常識はずれなことを呟いているのを聞いて、シャランは思わず自分のデスクで作業しながら吹き出してしまっていた。
「次はモーリシャス、モーリシャスってなに?」
ゆみは、オファーメールの内容を確認して呟いた。
「アフリカの島よ。マダガスカルの向こうにある島」
「マダガスカルは知ってるわ。リングテールルマーのいる島よね」
リングテールルマーは、黒白の、シマシマの長い尻尾があるアライグマみたいな顔をしたシルバー色のお猿さんだ。
世界中の国の名前を、動物たちの故郷で覚えている動物好きのゆみだった。
「なんか会社の自己紹介みたいのいらない気するな」
ゆみは、いつもオファーメールへの最初の返信では、私は横浜の貿易会社の何々で、こんな仕事をしていますみたいな自己紹介を付けていたが、特に自己紹介は必要ないように感じていた。
「ハーイ、誰々さん。アムユミー」
の後は、すぐにこんな車があるよって、海外バイヤーさんが希望している車を写真付きで案内してあげる方が反応が良いように思えた。
「次は、アフリカの方ね」
ゆみは、まるで自分のメールボックスに入っている海外バイヤーたちが、歯医者の待合室で診察の順番待ちしているように、いや銀行で受付の順番待ちしているように見立てて、それぞれのメールを順番に開いては、その海外バイヤーのご用をお聞きしていた。
「マラウィの海外バイヤーさんなんだ。ランドクルーザーをご希望ですね」
アフリカは、動物たちがたくさん暮らすサファリなのか、ジープ特にランドクルーザーのオファーが多かった。
ゆみは、オークション会場のサイトにログインすると、ミキサー車を検索してみる。けっこう色々なミキサー車が出品されている。ゆみは、個人的にタマゴの形をしたタンク部分にEGGと書かれているミキサー車が可愛くて好きだった。
「彼の予算にはまるミキサー車で何か良いものはあるかな」
ゆみは、オークション会場サイト上でいくつか良さそうなミキサー車をピックアップすると、それらの情報を写真と共に、ミャンマーの海外バイヤーへ返信してあげた。
「シャラン、海外バイヤーからの私への返事が増えてるみたいなの」
「それは良かったね」
シャランは、ゆみに答えた。
シャランは、自分の海外バイヤーを相手にしていて、ゆみの海外バイヤーのことなど相手にしている暇も無さそうだった。ゆみは、自分の海外バイヤーへの返信に集中していた。
「そうなんだ、ミャンマーで工事現場で使うミキサー車がほしいのね」
ゆみは、海外バイヤーからのメールを確認していた。
「はい、今日のところはここまでで良いかな」
シャランは、ゆみに言った。
「後は、書類の手続きが終わったり、車が港へ陸送終わったりする度に、その都度、一緒に業務を進めていきましょう。車の注文取ったら終わりじゃないからね、相手の海外バイヤーのところに、ちゃんと車を届けるまでが私たちの仕事よ」
シャランは、ゆみに説明した。
「はい!わかりました、シャラン先輩」
ゆみは、シャランに敬礼した。
「今回は、私が行政書士に依頼するけど」
シャランは、ゆみに説明した。
「次からは、ゆみちゃんが自分で行政書士に電話して、輸出抹消お願いしますって依頼するのよ」
シャランは、ゆみに言った。
「お願いすれば、あとはぜんぶ行政書士が全ての手続きをやってくれるの?」
「うん、手続き終わったら、それを船の会社、今回はアマカップにも知らせてあげるの」
シャランは、自分の手を動かしながら、ゆみにも伝えた。
「じゃ、私は自分の仕事に戻ってもいい?」
ゆみは、シャランに聞いた。
「だめよ、まだ、車を港に移動するように手続きできて、船のブッキング予約ができただけなんだから。これから輸出の手続きをしなくちゃ」
シャランは、ゆみに言った。
「行政書士さんに依頼して、ポルシェの車検証を輸出抹消手続きしなくちゃいけないの。これって、ゆみちゃん担当なんだから、ゆみちゃんの仕事なのよ」
シャランは、ゆみに命じた。
「陸送終わりました。船のブッキングもしますか?」
シャランは、経理担当に確認した。
「お願い、行き先はドイツのブレマハーベン港だからアマカップに頼むように」
シャランは、アマカップジャパン、ヨーロッパ航路の自動車専用船に連絡を入れて、ポルシェをドイツまで輸送する船のブッキング予約をした。
「これでドイツまで運んでもらえるのね」
ゆみは何もせずに、シャランに船の手配全部をやってもらってしまった。
「落札したら、すぐにオークション会場に落札金額を振り込まないと車を仕入れられなくなってしまうのよ。次からは落札したらすぐに教えてちょうだい」
経理担当は、ゆみに説明した。
「シャラン、静岡会場だから、ゆみちゃんと一緒に車の陸送手続きを手配しておいてちょうだい」
「陸送先は横浜港で良いですか」
シャランは、ゆみを自分の席に呼ぶと、ゆみが落札したポルシェをオークション会場から横浜港へ運ぶ陸送の手続きをした。
ゆみは、シャランが陸送してくれるのをただ眺めていた。
ゆみは、一仕事を終えたような顔で、中古車オークション会場のアカウント情報が入っているパソコンから自分の席に戻って来た。
「落札できたの?」
戻ってくる途中、経理担当に聞かれて、ゆみはうんと頷いた。
「落札できたのだったら、ちゃんと落札したことを報告してくれないと」
経理担当は、ゆみの頭をポンと撫でながら言った。そのままファックス機を確認しに行って、オークション会場から届いていた落札通知を持って戻って来た。
「このポルシェが落札できたら良いのにな」
ゆみは、最初に入札してみたポルシェの入札状況を確認しながら考えていた。このポルシェが、ドイツの海外バイヤーが1番気に入ってくれていた車だった。
「あー、入札されてしまった」
中古車オークション会場のサイトは、リアルタイムで入札状況を確認できる。ゆみの入札金額より多い入札があったので、ゆみも少しだけ自分の入札金額を上げてみた。
「これで落札できるかな」
ゆみは、状況を確認していた。
「ドイツの海外バイヤーは、ゆみの仕事だろう」
社長は、ゆみに言った。
「ゆみが、ポルシェの仕入れからドイツまでの船積み、最後まで自分でやりなさい」
ゆみは、社長に命じられて、自分で中古車オークション会場のサイトにログインして、ポルシェを探すのだった。探したポルシェをドイツの海外バイヤーに確認してもらい、OKの出たポルシェに入札し、落札を試みる。
「このポルシェから入札してみるか」
ゆみは、まず1台目に入札してみた。
「私も、また新しいバイヤーから注文取るのね」
ゆみは、部長とシャランに答えた。
「でも、その前にまずドイツのポルシェを仕入れて、輸出してちょうだい」
ゆみは、経理担当の社長の奥さんから指示された。
「ね、シャラン。ポルシェ仕入れるのお願い」
シャランは、ゆみに言われてオークション会場のサイトを覗きこむ。
「シャランは、ポルシェの仕入れはやらなくて良いぞ」
部長と社長が、シャランに命じた。
「それじゃ、シャランは85万でいきなさい」
社長は、シャランに言った。全営業担当者の来月の目標金額が決まった。この目標金額を目指して、各自で来月からの仕事を頑張っていくことになる。
「私、オファーメルーの海外バイヤーがちゃんとしたバイヤーだってことがわかれば、もう中古車輸出はしなくても良いんだけど」
「そうだよね」
シャランは、ゆみに頷いた。
「いや、ちゃんとしたバイヤーかはまだわからないだろう」
「次はシャラン」
社長がシャランのことを指した。
「そうね。今、スリランカの近くのモルジブ島のバイヤーを進めているんだけど、何人かのバイヤーとは、話が進み始めたので、それを達成しようかなと」
「わかった。それで来月の目標値は?」
「そうね、70万ぐらいで」
「お前、ゆみより車の輸出は先輩だろう。ゆみが80万なのに、ゆみより下なのか」
「うーん、90で。いや80万にしたい」
「1台だけで55万」
「1台で55万っていうのはけっこう良かったな」
社長も褒めてくれた。
「今月からは、月の売上げを報告した後で、その総括と来月の目標を言うようにしよう」
社長は、皆に提案した。
「まず、今井から来月の目標は?」
ゆみが返事に困っていると、社長が目標を決めてくれた。
「今月55万だったから倍、流石に倍は難しいか、それじゃ80万にしよう」
「え、何をどう報告したらいいの?」
ゆみは、報告する内容がよくわからずにいた。
「ポルシェだろう?ポルシェとドイツまでの船賃でいくらもらったんだ?」
「え、180万」
「うん。それで粗利はどのぐらいだ?」
「粗利?よくわからない」
ゆみが言うと、会社の経理担当が代わりに計算し報告してくれた。
「55万ですかね」
「次、今井も報告あるだろう」
営業担当者全員の報告が終わった後で、社長がゆみに声をかけた。。
「私?」
「あるだろう?」
「ドイツの海外バイヤーさんのこと?1台しか売れてないよ」
社長が、ゆみに頷いた。
「その売上げと粗利を皆の前で報告しろよ」
社長が命じた。
「さあ、売上げ報告会議を始めるぞ」
部長が、会社の皆に声をかけた。今日は月末、月の最後の日なので、毎月、各自の売上げを報告する報告会議がある日だった。
「よし、シャランから発表するか」
「今月は170万で、粗利が40万ぐらいでした」
部長に言われて、シャランがまず最初に、自分の今月の売上げ金額とおおよその粗利を報告した。シャランに続いて、営業担当者たちが順番に自分の売上げを報告していく。
「もしかして、私が車の注文を取ってしまったの?」
「そうよ!ゆみちゃんの売上げよ」
シャランは少し興奮しながら、ゆみに言った。
「え、そうなの?どうしよう?どうしたら良いの?」
ゆみの方は、少し困惑していた。
「ゆみ!初注文じゃないか!」
それを聞いて、社長も興奮したような大きな声で、ゆみのことを褒めた。
「ゆみちゃんじゃないの!」
シャランは、ゆみに大声で伝えた。
「え、私じゃないよ」
「ほら、プロフォーマインボイスの金額見てごらん」
シャランは、ゆみに見せた。
「これは、計算したら大体160万かなって計算してあげただけよ」
「だから今朝、会社の口座に160万が入金されたのよ!」
シャランに言われて、ゆみは啞然としていた。
「どなたかしら?大きな金額の入金があったんだけど」
会社の経理から会社の口座に入金があったことを営業担当者たちに告げられた。
「そんな金額は覚えがない」
どの営業担当者たちも、金額に心当たりがなかった。
「ね、ゆみちゃんじゃないの?」
シャランが、ゆみに聞いた。
「知らない」
ゆみは、シャランに答えた。シャランは、ゆみがドイツの海外バイヤー宛に作ったプロフォーマインボイスを確認した。